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後輩思いの「スクラム番長」 新たな歴史へ挑む稲垣啓太 ラグビーW杯

天然芝のグラウンドのオープンに合わせ、母校を訪れた稲垣啓太選手(中央)。多くの子供たちと触れ合い、自然と表情が和らいだ=新潟市西区小新西の新潟工高グラウンドで、北村秀徳撮影

 20日に開幕したラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、ロシアとの開幕戦に臨んだ日本のスクラムを最前列で引っ張ったのが、プロップの稲垣啓太選手(29)=パナソニック=だ。こわもての容姿から「スクラム番長」とも呼ばれるが、後輩思いの優しさを秘めた男は「ディフェンスでは貢献できた。勝ってあいさつができて良かった」と勝利した初戦を振り返った。【浅妻博之】

他の選手よりも一回り体の大きい小学5年生の頃の稲垣啓太選手(左端)(父工さん提供)

 W杯本番まで2週間を切った今月8日。稲垣選手は母校、新潟工高(新潟市)のグラウンドにいた。整備費用300万円のほぼ全額を負担した天然芝のグラウンドがオープンするため、招かれたのだ。

 「故郷に帰ってくるといつも自分を振り返ることができる。このグラウンドが子供たちの夢をかなえる場所になってくれたら」。故郷を愛するラガーマンは大一番を前に原点に返り、思いをはせた。

 生まれた時の体重は約3900グラムと大きく、幼稚園でも体格は頭一つ抜けていた。小中学生の頃は野球少年で投げては豪速球、打っては柵越えの中心選手だった。「球が速すぎて、キャッチャーが捕れなかった」と父工(たくみ)さん(60)。中学を卒業する頃には身長は180センチ、体重は120キロを超え、野球でも将来を期待されていたという。

豪快な打撃で注目された中学時代の稲垣啓太選手=父工さん提供

 巨漢の野球少年をラグビーの世界へと誘ったのは、新潟工高の樋口猛監督(47)だ。「『球感』がいい。逸材がきたと思った」。中学時代は捕手で体が柔らかくて肩や肘の使い方がうまかった。最初から楕円(だえん)球を器用に操っていた。

 3人兄弟の末っ子は、三つ上の次男も新潟工高ラグビー部出身という縁もあり、すぐにラグビーにのめり込んだ。「彼が走れば県内で止められることはなかったが、特別扱いはしなかった」。1年から主力としてプレーし、低いタックルなどの基本を徹底してたたき込むと、素直な性格で吸収していった。

 高校では炭水化物や脂ものを控える食事制限を徹底。「体重が重くて通学の自転車のタイヤがパンクするほどだった」(工さん)という体を絞り、3年時には見違えるようなスピードを身に付けた。花園には2、3年時に出場。特に高校3年時はU18(18歳以下)を飛び越え、U20日本代表に選出された。関東学院大を経て加入したトップリーグ・パナソニックでは新人王に輝き、2014年に日本代表デビュー。優勝候補の南アフリカを破った前回大会も勝利に貢献した。

 次々に肩書が加わる息子を見つめてきた母紀子さん(59)は「同じジャパンのユニホームでも今はずしんと重く感じる」と話すのをよそに、本人は冷静そのもの。「プレッシャーを楽しむことができる。だからこそ今は重圧を感じない」。自信に満ちた今、桜のジャージーの着心地は4年前とは、ひと味違う。

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