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八十代になる石原慎太郎が、久しぶりの長篇(ちょうへん)『湘南夫人』(講談社)を刊行している。一九五〇年代のデビューから六十年以上にわたって作品を書き継いできた作家の最新作で、文学史的にもいろいろ考えさせられた。三人称による素っ気ないほど簡潔な文体で、湘南の地に住んで三代目となる実業家の一族を描いているが、中心となるのはその当主「北原志郎」の若き妻「紀子」である。表題を思わせる「紀子」は、ピアニストだった祖母をもつが、そうした芸術と実業の話題が作品の世界を織り上げている。
おそらく菊池寛の『真珠夫人』(一九二〇年)や大岡昇平の『武蔵野夫人』(一九五〇年)を意識しているその作品は、生と死、危険と美といった主題が有機的に結びつき、「紀子」をめぐる悲劇的な展開に説得力をあたえている。舞台が作家自身の出身地である湘南で、海にまつわる場面が多いこともあり、石原文学の到達点を示す快作と言える。しかしそうした文学史的な見通しのなかで考えたとき、驚かされるのは『湘南夫人』ではほと…
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