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平和をたずねて

昭和の戦争を語る/38 対立した「不拡大」方針=広岩近広 /大阪

 盧溝橋事件(1937年7月7日)は日中両軍の衝突に発展したものの、4日後の11日に現地軍同士で停戦協定が成立する。陸軍参謀本部作戦部長の石原莞爾は「事態の不拡大」方針を示し、現地の駐屯軍にその旨を伝えた。

 しかし、石原の部下だった参謀本部作戦課長の武藤章と陸軍省軍事課長の田中新一が、この「不拡大」方針に真っ向から反対する。2人は陸軍統制派で知られ、暗殺された永田鉄山が率いた幕僚派閥「一夕(いっせき)会」に所属していた。

 このとき首相に就いたばかりの近衛文麿は、陸軍の大勢を占めた「対中一撃論」に押されて派兵を決定する。…

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