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新20世紀遺跡

/68 北海道・囚人道路/下 鎖塚 近代化支え 赤土の下に眠る

囚人労働の犠牲者を葬った「鎖塚」。地蔵の左手に土まんじゅうが残る=北海道北見市で2019年8月8日、栗原俊雄撮影

 明治時代の北海道開拓といえば「屯田兵」が知られている。一方、屯田兵の前に囚人たちが原野を切り開いていたことは、どれほど知られているだろうか。その歴史を取材すべく記者は今夏、女満別空港からバスで北見市へと向かった。

  ■   ■

 名産のタマネギ畑が広がる。国道39号。前身は明治時代、囚人たちがつくった「中央道路」だ。北見市立端野図書館に向かった。隣接する資料館ともども北海道開拓史を学ぶ上で極めて貴重な施設だ。

 明治初期、新政府に対して反乱が相次いだ。政府はそれらに加わった重罪犯らを北海道に送り、開拓に従事させた。初代首相を務めた伊藤博文の側近で、北海道開拓の視察に向かった金子堅太郎が1885(明治18)年、囚人たちが重労働で死んでもかまわない、という意味の復命をしていたことは前回見た。

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