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常夏通信

その10 日本の勲章を贈られた虐殺爆撃の米指揮官カーチス・ルメイ

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焼け野原になった隅田川西岸、浜町かいわい=1945年撮影
焼け野原になった隅田川西岸、浜町かいわい=1945年撮影

 第二次世界大戦の日本の敗戦は1944年夏、サイパン島などのマリアナ諸島陥落によって事実上決まった。アメリカが開発した大型爆撃機B29は、同諸島と日本本土の往復およそ5000キロを飛ぶことができた。つまり本土爆撃が確実になったのだ。

 日本の為政者たちは、そのことを知っていた。

 45年2月14日、開戦前に3度首相を務めた近衛文麿が昭和天皇に会い、戦争の見通しを述べた。

 「戦局ノ見透シニツキ考フルニ、最悪ナル事態ハ遺憾ナガラ最早必至ナリト存ゼラル」。速やかな戦争終結を強く進めたこの進言は「近衛上奏文」として知られる。

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