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「久しぶりに土に触れたら、なんだか気持ちが落ち着くわ」「兄ちゃんが作った花、めっちゃ長持ちするな」。今年7月にJA大阪市の農場で開催された花の寄せ植え体験。たくさんの高齢者が、市内で育てられたペンタスや百日草などの花の色鮮やかさに魅了された。
植物や土に触れて心身を活性化させる「園芸療法」は全国にも研究事例が数多く存在し、近年注目を集めている。大阪市内の花農家では、より多くの人々に癒やしを感じてもらおうと、高齢者福祉施設の介護レクリエーションのプログラムの一つとして「寄せ植えキット(ミニガーデンキット)」の開発を進めている。
キットには毎月3種類の異なる季節の花、オリジナルの土、鉢底石などがセットされており、小さなスペースでも園芸を楽しめる。この花を育てているのは、同市住吉区の花農家で「花工場大阪」代表、金田(かなた)博充さん(48)だ。
「大阪市内に鉢植え用の花(花苗)専門の農家が!?と珍しがられるのですが、実は10軒ほどの生産農家があるんです」。1990年に同市鶴見区などで「国際花と緑の博覧会」が開催された。当時、市内で国際的なイベントを開催するにあたり、野菜農家が花農家に転業した。
「花を育てる農家は山間部に多いんですが、大阪市内はコンクリートの街。全国的に見ても温度が高く、育てるのが難しい場所なんですよ」と金田さん。父親と一緒に都心で花を美しく育てる方法作りに取り組み、20年の試行錯誤の末、水持ちと水はけのバランスを備えた自慢の土を生み出した。現在約40種類の花苗を生産し、年間約35万ポットを出荷する。
金田さんは大学を卒業後、数年ほど企業で営業を経験し、97年に26歳で花農家を継いだ。「父親からは一度も継げとは言われなかったんですが、誰もが簡単に参入できない農業の世界に身を置けることは『特別なこと』だと感じていたんです」。しかし、時代はどんどん忙しくなる。マンションで生活する人が増え、毎日の花の世話を楽しむ心の余裕すら失われていく。「僕自身も花を育てていると、カラフルな花が周囲を笑顔にする瞬間にたくさん出会える。まずは忙しさも少し落ち着いた高齢の皆さんに、花や土に触れて笑顔になっていただきたいと考えたんです」
高齢者施設を対象にした寄せ植えキットの開発は、20年以上花づくりを研究してきた金田さんにとって初めてとなるチャレンジだ。介護施設のレクリエーションに携わる企業、障がい者福祉に携わるNPO法人とも協力した。「僕たちが育てた花が高齢者の方の認知症予防に役立ったり、笑顔を生み出したりできるのであれば、こんなに幸せなことはありません」と、金田さんは秋の花に触れながら満面の笑みで語ってくれた。
寄せ植えキット(税抜き980円で6人分から受注予定)は9~11日、インテックス大阪(同市住之江区)で開かれる介護用品イベント「ケアテックス」で初披露される。都会で育った花が、人々の笑顔を作る日はもうすぐだ。<次回は11月1日掲載予定>
■人物略歴
なかがわ・はるか
1978年、兵庫県伊丹市生まれ。NPO法人チュラキューブ代表理事。情報誌編集の経験を生かし「編集」の発想で社会課題の解決策を探る「イシューキュレーター」と名乗る。福祉から、農業、漁業、伝統産業の支援など活動の幅を広げている。