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(創元推理文庫・1540円)
古びぬ「名人芸」の味わい
評者が怪奇小説に興味を持つようになったきっかけのひとつは、一九七三年から一年半続いた、『幻想と怪奇』という専門誌に出会ったことである。ちょうどその頃は、この雑誌の実質的な編集者である紀田順一郎と荒俣宏が、「幻想」と「怪奇」をキーワードにした海外文学の紹介を精力的に行っていた時期で、わたしも自然にその独特の味を覚え、全国に何百人かはいると言われていた少数の愛好者の一人になっていった。そのときに知ったのが、紀田順一郎と荒俣宏の師匠に当たる平井呈一の存在で、創元推理文庫で出ていた『怪奇小説傑作集』の英米篇第1巻から3巻までのセレクションと、巻末に付けられた平井呈一による英米恐怖小説史の解説は、この薄闇の領域を散策するために最良の手引きを提供してくれた。同じく創元推理文庫で出ていたマッケンの『怪奇クラブ』、ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』、レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』など、平井呈一訳で親しんだ作品も多く、さらに総仕上げとして、牧神社で出た大著『アーサー・マッケン作品集成』全6巻と、怪奇小説の小アンソロジー『こわい話・気味のわるい話』3冊も愛読した。つまり、わたしも含めて、あの頃の怪奇小説愛好者はみな、平井呈一によってその趣味を植え付けられていたのである。
それから長い月日が経(た)ち、少数の好事家のための怪奇小説がベストセラーとして大量生産されるモダン・ホラーにすっかり取って代わられた今、「平井呈一怪談翻訳集成」と銘打ってまとめられた本書『幽霊島』は、かつての怪奇短篇小説の味わいをふたたび思い出させてくれるとともに、平井呈一という唯一無二の存在こそが我が国における怪奇小説の受容を支えたという事実を再確認するための、絶好の契機となる好選集だ。
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