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毎日新聞

陸上の世界選手権男子110メートル障害決勝で、オルテガ(中央)はマクレオド(右)が転倒した影響で減速し5着でフィニッシュ。上訴が認められて3位に繰り上がった。左は優勝したホロウェイ(米国)=ドーハで2019年10月2日、久保玲撮影

Field of View

競技の根底を揺るがす世界陸上の不可解な裁定

 国際陸上競技連盟が迷走している。ドーハで開催された陸上の世界選手権の男子110メートル障害で、3着と5着の2人の選手が銅メダルを授与され、4着だった選手が5位に降格される、という前代未聞の事態があった。正式な抗議や上訴(抗議に対する審判長の判定に不服な場合などにジュリー=上訴審判員=へ訴える手続き)を経た末の裁定ではあるが、競技の根源をないがしろにしていると言っていい。

    陸上の世界選手権男子110メートル障害決勝で、マクレオド(右)がバランスを崩したため、隣のレーンのオルテガは減速を強いられた=ドーハで2019年10月2日、久保玲撮影

     事の次第はこうだ。決勝のレース終盤にマクレオド(ジャマイカ)がバランスを崩し、隣のレーンのオルテガ(スペイン)が減速を余儀なくされて5着に終わり、マクレオドは失格となった。レース後、スペイン選手団が上訴し、決勝に出た選手全員またはオルテガ1人での再レースを要求。または影響を受けた時点で3番手にいたオルテガに銅メダルを与えるよう訴えた。

     ジュリーは一旦、「障害種目ではよくあるアクシデント」と棄却した。しかしスペイン選手団から再度の上訴を受け、決勝翌日に裁定を覆してオルテガに銅メダルを授与すると決定。13秒18で3着のマルティノラガルド(フランス)と、13秒30で5着だったオルテガがともに銅メダルとなった。公式記録でも2人が3位とされた。

     走る種目は本来、最後まで走った末の順位を争うもの。ルールにも「順位は競技者の胴体がフィニッシュラインに到達したことで決める(一部略)」と明記されている。障害種目では選手同士の接触は多々あるが、選手たちはそれもお互い様であり、競技の一面として結果を受け入れるのが通例だ。ルールでは審判長に状況によってレースを命じる権利を委ねているが、レース途中の位置によって順位を決めていいとはどこにも書いていない。

    陸上の世界選手権男子110メートル障害決勝で、優勝して喜ぶホロウェイ(手前)。中央は5着だったが上訴が認められて3位となったオルテガ。奥は転倒して失格となったマクレオド=ドーハで2019年10月2日、久保玲撮影

     さらに問題なのは、オルテガが3位に繰り上がった余波で、オルテガより速い13秒29で4着だった謝文駿(中国)が5位に降格となったことだ。中国選手団も上訴したが、ジュリーは提出した時間が遅かったことなどを理由に棄却した。転倒と全く無関係だった選手が不利益を被らなければならない理由はどこにあるのか、国際陸連は説明していない。

     同僚の記者とは、「これなら、あのブラジルの選手も金メダルだね」という話になった。2004年アテネ五輪の男子マラソンで、レース終盤に先頭を走っていながら、乱入してきた男に沿道へと押し出され、10秒ほどロスした上に失速して3位に終わったデリマ(ブラジル)のことだ。ブラジル選手団は金メダルを求めて上訴したが認められず、デリマは銅メダルを受け取った。もし今大会のジュリーがデリマの件を担当したら、金メダルを与えただろうか。

     世界中の同情を受けたデリマは、後に国際オリンピック委員会(IOC)からスポーツマンシップをたたえる特別なメダルを贈られた。ブラジルでも英雄として尊敬され、自国開催だった16年リオデジャネイロ五輪では開会式で聖火の最終点火者の大役も務めた。

     競技者の権利に配慮した裁定は近年の風潮かもしれない。だが、戦いが終わった後に理不尽な裁定によって結果が変わるような競技が、価値を認められるのだろうか。そんな形でメダルを得た選手が、人々に称賛してもらえるだろうか。こんな裁定が今後も続けば、陸上は世の中から見放されてしまうように思えてならない。

    石井朗生

    毎日新聞社客員編集委員。1967年生まれ、東京都出身。92年に毎日新聞社入社。2020年3月に退職するまで28年間の大半を運動部(東京、名古屋、大阪)で過ごし、陸上、アマ野球をはじめ多くの競技を担当。五輪も夏冬計6大会を取材した。大学時代に陸上の十種競技に挑み、今も大会の審判や普及イベントの企画・運営、中高生の指導に携わっている。