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社説

金田正一さん死去 大記録生んだ進取の精神

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 不滅のプロ野球記録といわれる通算400勝を達成した大投手、金田正一さんが86歳で亡くなった。

     プロ野球と大相撲が国民的人気を博した時代のスーパーヒーローだ。最後は巨人で引退したが、弱小球団と呼ばれた国鉄(現ヤクルト)に15年間所属し、353勝を挙げた点は特筆しなければならない。

     注目したい数字がある。1955年の投球回数だ。国鉄のエース、金田さんはこの年、1シーズンで400イニングを投げた。今年のプロ野球で最も投球回数の多いソフトバンク・千賀滉大投手は180イニングで、その2倍以上にあたる。

     55年は34試合に完投して29勝を挙げた全盛期だった。強靱(きょうじん)なスタミナで米大リーグに挑戦していれば、どんな活躍を見せただろう。

     今や「投手の肩ひじは消耗品」といわれ、複数投手の分業制が当たり前だ。高校野球などでも球数制限の議論が始まっている。今から半世紀以上も前の金田さんの現役時代と比べ、球界の常識は大きく変わった。

     だが、根性論で金田さんが偉業を成し遂げたわけではない。独自の手法で厳しく自己管理に徹した。

     同じ時期に南海(現ソフトバンク)でプレーした野村克也さんは「大記録を支えたのは食事と練習だろう」と述べている。当時、アスリートの食事法はまだ確立されていなかった。金田さんは体の土台を作るために自分で食材を集め、仲間にふるまった料理は「金田鍋」と呼ばれたほどだ。早くからミネラルウオーターを取り寄せて飲み、体調には常に気を配った。

     投げ込みや筋力トレーニングよりも、走り込みにこだわった。振りかぶった反動を使い、足の勢いで投げる。そのフォームは下半身の強化に支えられていた。巨人の長嶋茂雄さんをデビュー戦で4三振させた、曲がり落ちる「ドロップ」も、安定した下半身のたまものだった。

     科学理論の発展や用具、打撃技術の向上もあって、現代と単純比較はできない。だが、破格の記録は技術と工夫に裏打ちされていた。

     明るく豪快な人柄が愛され、晩年は歯に衣(きぬ)着せぬ球界ご意見番だった「カネやん」。残したものは数字上の記録だけではない。進取の精神は今にも生きるはずだ。

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