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北海道の現場から

紋別・サケの無許可捕獲 共生へ、アイヌの訴え 「違法行為」に戸惑いの声も /北海道

漁を終え岸辺に戻り、道職員らを見つめる畠山さん=北海道紋別市で

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 「違法です。今すぐ漁をやめてください」――。川岸から遠ざかる丸木舟に向かって北海道庁の男性職員が声を張り上げた。9月1日の早朝。紋別市内の藻別川で、丸木舟に乗った紋別アイヌ協会会長の畠山(はたけやま)敏さん(78)は、制止する声を聞き入れず、静かに丸木舟を川の中央まで進めていった。

 前日のうちに網を仕掛けていた場所だ。かかったサケを畠山さんは次々と取り上げた。本来必要なサケ捕獲の許可は取っていない。岸にはもう一人、道庁の男性職員がおり、その様子の動画をカメラで撮影した。畠山さんを支持する人々が「先住民族の権利だ」と大声で道職員に反論し、押し問答が続いた。

 約2時間の漁を終え、岸辺に戻った畠山さんは職員らをじっとみつめ、許可制のサケ漁について「和人が勝手に作った法律だ」と切り捨てた。自分の行為は「先住権に基づいている」と語った。

 畠山さんは捕獲したサケを、アイヌ伝統の儀式「カムイチェプノミ」で使った。カムイチェプはアイヌ語で「神の魚」を意味する。秋に川に戻ってくるサケを迎えるこの儀式は、命が下から上に向かうというアイヌ民族独特の世界観を表している。儀式を終え、畠山さんは「許可を得ずに自分の手で捕ったサケを儀式に使い感無量。先住権を勝ち取るための戦いだ」と話した。

藻別川でサケ漁を行う畠山さんに中止を求める道職員=北海道紋別市で

 道は、その日のうちに畠山さんを水産資源保護法違反などで道警紋別署に刑事告発した。数日後には道警が畠山さんの自宅を家宅捜索し、任意で事情を聴いた。

 明治政府はアイヌを「土人」と称し、1878年に同化政策の一環としてサケの捕獲を禁止した。戦後の1951年に制定された水産資源保護法では河川での捕獲はアイヌだけでなく、一律に原則、禁止になった。しかし、37年前の82年には札幌・豊平川でサケ迎えの儀式が復活した。「教育実習」が理由なら捕獲禁止は適用除外になる。この項目を拡大解釈しての許可だった。2005年からは適用除外の名目に「伝統的儀式」が加わった、道は、国内最大のアイヌ団体「北海道アイヌ協会」経由の申請なら手続きを簡略化するなど配慮してきた。アイヌの儀式のために許可を受けたサケの捕獲は18年度で13件約650匹に上った。

 畠山さんは、アイヌ民族のコタン(集落)があった紋別市元紋別に生まれ、漁業者として生計を立ててきた。約20年前、地域のアイヌ墓地が整地されるのを機に、先祖供養の儀式「カムイノミ・イチャルパ」を復活させた。その後、サケ迎えの「カムイチェプノミ」も執り行うようになったが、使用するサケは道の許可を取って捕獲していた。

 だが、「一方的に奪われた権利。なぜ和人の許可が必要なのか」と疑問を抱き、10年ほど前から道に陳情を繰り返した。進展はなく、17年に無許可捕獲に踏み切った。このときは道が事後に許可を出した形を取り繕ったため、罪に問われなかった。18年には道警の車両が川に向かう道をふさいで、丸木舟を降ろせず断念した。今回初めて「違法捕獲」を遂行した。

 国連は2007年、先住民の土地や資源に関する権利回復をうたった「先住民の権利に関する宣言」を採択した。日本も賛成しての採択だった。しかし、国内では、先住権に基づく土地や資源に対する権利回復の議論は低調だ。今年5月に施行されたアイヌ施策推進法(アイヌ新法)も資源採取の権利回復に前進はなかった。

サケを迎える儀式「カムイチェプノミ」。畠山さん(写真右)らが参加した=北海道紋別市で

 先住民族の権利に詳しい人間文化研究機構(東京都)の岸上伸啓理事によると、ロシアや米国、カナダでは先住民族の日常的なサケ捕獲の権利をその他の一般住民とは切り離して認めている。「日本は先住民族と一般(ほかの住民)への許可を同じ枠組みで規定しており、先住民族の権利保護はかなり限定的」と指摘する。国連人種差別撤廃委員会も、日本政府に対し先住民の土地・資源に関する権利回復や補償に取り組むよう繰り返し勧告している。

 事前許可の不要な「日常的なサケ捕獲」は、北海道アイヌ協会も訴えてきた。だが畠山さんの「違法行為」には戸惑いが広がる。ある幹部は「畠山さんの真意が分からない」と言葉少なだ。

 「今は地域で和人とアイヌが共存すべきとき。気持ちは分かるが……」。胆振地方で許可を得てサケを捕獲し儀式を行う団体に所属するアイヌの男性が本音を吐露した。「民族を分断したくない」ともいい、畠山さんや支援者への直接的な批判も慎重に避けた。

 政府のアイヌ政策推進会議のメンバーで権利保護施策に取り組んできた常本照樹・北海道大教授は「アイヌは客観的な認定方法が確立されておらず、権利を論ずる前提に問題を残している。個人を特定しない形での地域共生・生活向上が日本では実質的な権利保障につながる」と話す。一方、畠山さんを支援する鹿児島純心女子大の広瀬健一郎准教授は「アイヌの認定は戸籍や伝承記録で可能だ。その人の先祖が、具体的な川や土地への権利を持っていたと認められる場合は、利害を調整して補償を進めるべきだ」と主張する。

 「こうでもしないと誰も真剣に考えない」。アイヌを先住民族と認めてもなお、権利保障には踏み込まないと考える畠山さんは、国に対し焦燥感を募らせる。今に続くアイヌへの差別や格差は、アイヌの権利を和人が一方的に奪うことで始まった。歴史を踏まえ、「共生」するために、何が必要とされているのか。畠山さんの強固な訴えが問いかけている。【高橋由衣、山下智恵】=北海道の人物や現場を深掘りする企画「北海道の現場から」を随時掲載します。

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