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村上春樹をめぐるメモらんだむ

“洞窟感覚”で語る物語の普遍性 「個人の論理」の肯定と促し

村上春樹さん=2018年11月、宮武祐希撮影

 村上春樹さんが11日、イタリアの文学賞「ラッテス・グリンザーネ賞」を受賞した。日本人には聞き慣れない賞だが、イタリアの図書普及のために設けられた「グリンザーネ・カブール賞」が前身で、大江健三郎さんも1996年に受けている。他にも、ギュンター・グラス(独)、ドリス・レッシング(英)、トニ・モリスン(米)といったノーベル文学賞受賞者を含む世界各地の作家らに授与されてきた国際的な伝統ある賞だ。【大井浩一】

 2011年に現在の名称に変わった。イタリア文学者の和田忠彦・東京外国語大名誉教授によると、村上さんが受賞したのは2部門あるうち、功労賞的な性格の「カシの木」賞で、こちらも過去にはノーベル賞受賞者のパトリック・モディアノさん(仏)をはじめ、アモス・オズ(イスラエル)、イアン・マキューアンさん(英)ら、日本でも知られた作家が名前を連ねている。

 村上さんは授賞式の行われたイタリア北西部のアルバで「洞窟の中の小さなかがり火」と題して講演をした。共同通信の報道によると、この中で、作家は「小説――すなわち物語を語ること――の起源ははるか昔、人間が洞窟に住んでいた古代までさかのぼります」と述べ、「物語」の根源的な普遍性について語っている。

 その昔、太陽が沈むと人々は危険な暗闇を避けて洞窟に隠れ、長い夜を過ごした。そこでは小さな火が燃えていて、誰かが物語を語り始める。「物語は、恐怖や空腹をたとえ一時的であるにせよ忘れさせてくれます。語り手はみんなの反応を見ながら、少しずつ物語の流れを変えていく。(中略)恐らく、世界中の洞窟で同じことが行われていたのでしょう」

 それから長い時を経て、小説という表現が生まれ、今ではデジタル画面で小説が読まれるようになった。「しかし、そこで語られている物語は、本質的には洞窟の火の周りで語られた物語と同じ成り立ちのものです。私たち小説家は、洞窟の語り手の子孫なのです」

 実は、これとよく似た話を2年前、作家自身から聞いたことがある。長編「騎士団長殺し」刊行の際、毎日新聞などのインタビューに応じてくれた時だ。村上さんにとって読者はどういう存在かという質問に、こう答えたのだ。

 「僕が小説を書く態度は一貫していて、昔の洞窟時代の語り部なんです。夜は真っ暗な洞窟で、たき火をやっている中で、村上ちょっと話してみろよ、じゃあ話します、と物語を話す。読者はたき火の周りにいて、わくわくしながら話を聞いている人たちです。何十万という人たちのある部分には、その洞窟をとおして通じているという気持ちがある。一種の“洞窟感覚”を共有してくれるんじゃないか。どう読もうと自由だけど、僕としては一番大事なのは、もわっとした地下をとおった感覚です」

 では、読者の側から言うと、この“洞窟感覚”とはどういうものなのだろうか。

 個人的な話になるが、一例を挙げてみる。最近、大学時代に親しくしていた2学年上の先輩と久々に会う機会があった。雑談の中で村上さんに話題が及び、その男性はしみじみと語った。

 「『羊をめぐる冒険』が一挙掲載された雑誌を買って、地下鉄に乗り、読み始めたら、やめられなくなった。終点まで乗って、そのまま折り返し、また反対側の終点から折り返し、というのを何度かやって、結局、読み終わるまで地下鉄に乗り続けたよ」

 長編「羊をめぐる冒険」は1982年、文芸誌「群像」8月号に発表された。念のため言い添えておくと、この人は知的好奇心こそ旺盛だが、特に文学的な趣味が強いわけではなかったし、職業もその方面とは関わりがない。それでも80年代前半の若者には、この新しい文体をもって登場した…

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大井浩一

1987年入社。東京学芸部編集委員。1996年から東京と大阪の学芸部で主に文芸・論壇を担当。村上春樹さんの取材は97年から続けている。著書に「批評の熱度 体験的吉本隆明論」(勁草書房)、共編書に「2100年へのパラダイム・シフト」(作品社)などがある。

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