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毎日新聞
アスリート交差点2020

人一倍 家族の助言に助けられ=サッカー・大迫敬介

 僕の家族の応援は熱烈です。うれしい半面、やり過ぎと思うこともありますが、家族の存在に助けられてもきました。

     小さい頃は三つ上の兄と2歳年下の弟と毎日のように一緒にサッカーをしていました。兄とはほぼ同じ時期にサッカーを始め、小、中学生の時はチームも同じでした。当時は深くサッカーの話はしませんでしたが、兄がスポーツトレーナーになり、トレーナー視点からGKの動きやけがの話を聞くことがあります。

     GKは片足で着地することが多いため、バランスを崩せば膝を痛めかねません。ユース(高校)時には「今しか鍛えられない筋肉もある」と思い、柔軟性を高めるよりも体を鍛えることに重点を置いてトレーニングをしていました。しかし、兄からけがの予防には膝周りの筋力だけではなく、柔軟性が大事だと言われました。現在は筋力と柔軟性のバランスを考えながらトレーニングに取り組んでおり、身近に専門的な話を聞ける人がいるのは助かります。

     父の言葉で悩みが吹っ切れたこともありました。日本代表として参加した6月の南米選手権(ブラジル)から帰国後、しばらくチームの試合に出られない時期がありました。その後、久しぶりに出場した試合では自分のプレーが全くできませんでした。ハイボールの処理が強みなのに、試合ではボールをキャッチできずにはじいてしまった。試合を見ていた父に「強みはキャッチすることなんだから、迷ったならキャッチがいいんじゃないか」と言われました。

     チーム状況が悪くない時に試合ごとにGKが変わることはあまりありません。当時のチーム状況も決して悪くはなかったのに、監督は一時ベンチからも外れていた僕を試合で使ってくれました。結果を出さなければいけないとの思いが強くなり過ぎて、結果的に安全なプレーを選択してしまっていました。サッカーに関しては素人の父ですが、これまで僕のプレーをずっと見てくれています。父の純粋な意見で自分の原点に戻ることができました。

     東京五輪世代となるU22(22歳以下)代表の合宿に参加した時も、GKコーチだった川口能活さんから「ミスを恐れるな」とアドバイスをもらいました。選手時代に果敢に前に出て行くスタイルだった能活さんからの言葉だけにすごく説得力がありました。今は自信を持ってプレーができています。(あすは柔道・阿部詩です)(タイトルは自筆)


     Q 食欲の秋になりました。こだわりの食事はありますか?

     A 現在は寮で生活しているため特にありませんが、鹿児島の実家にいた中学までは、母が試合前になると「鶏飯(けいはん)」を作ってくれました。白飯の上にゆで鶏と錦糸卵を乗せ、だしをかけて食べる鹿児島・奄美地方の郷土料理です。広島に来てからは食べる機会はなかなかありませんが、試合の日にスタジアムで販売する選手コラボグルメとして再現してもらいました。


     ■人物略歴

    大迫敬介(おおさこ・けいすけ)氏

     鹿児島県出水市出身。サンフレッチェ広島GK。2017年、高校3年でプロ契約を締結し、19年2月にデビュー。日本代表は年代別の常連で、今年6月にA代表入りした。20歳。