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勧酒詩選

沖縄の知恵「仕次ぎ」で生まれる泡盛の古酒

泡盛に似つかわしい沖縄独特の酒器、カラカラ=伊藤和史撮影

 泡盛に足裏まろく酔ひにけり       辺見京子

        ◇          ◇

 先日、沖縄に行き、当然というか、泡盛を飲む機会もあった。その時、いかにも泡盛らしい雰囲気が出ていると感じ入ったのがこの句である。

 足の裏まで「まろく」酔う。これが泡盛の感触だ。特に「古酒」がそうだと思う。

 古酒。沖縄では「クース」と発音される。泡盛は米(タイ米)を黒麴菌で発酵・熟成させ、蒸留してつくる。一応完成させた後、そこから長期熟成させたのが古酒である。その特徴は「まろやかな滋味の極み」といった感じに表されることが多い。

300年近い超熟泡盛もあった古酒

 泡盛と古酒とくれば、発酵・醸造の世界的権威、坂口謹一郎氏(1897~1994年)の著作「君知るや名酒泡盛」に触れなければならない。1970年、雑誌「世界」3月号に掲載された。本土復帰目前の沖縄を思って書かれた一文で、坂口氏は「泡盛が日本の酒類と一番ちがう点は、長期間の貯蔵によって生ずる熟成し調和した風味を貴ぶところにある」と指摘し、古酒の魅力を力説した。

 日本酒にも古酒の文化はあるようだが、泡盛の古酒への思い入れは桁が違うのだ。坂口氏によれば、「戦前には『康熙(こうき)もの』などといって、二〇〇年の古酒を誇る家格の高いメーカーもあった」そうだ。中国・清の康熙帝の在位は1661年から1722年である。となれば、200年どころか300年近い超熟泡盛があってもおかしくない。実際、300年以上貯蔵された泡盛があったと記述する著作もある。

 しかし、沖縄戦によって多くの人命とともに、多くの古酒もまた失われてしまったのだ。疎開によって助かったものがわずかに残るだけだったという。

 そのことを坂口氏は大いに惜しみ、「資源にめぐまれないこと、その昔のスコットランドにも比すべき沖縄は、その古酒技術の古来の伝統を極度に発揮して、今やスコッチの向うを張るべく懸命な中国の茅台酒にも負けないような勉強を積まれるよう心からお祈りしたいのである」と沖縄の酒造業界を激励し、文を結んでいる。

 うま酒はうましともなくのむうちに酔ひてののちも口のさやけき

 研究者としての評価とは別に、「酒の消費者」としての貢献度の高さを自任していた坂口氏。ほかに、新年の歌会始の召人を務めたほどの歌人でもあった。中でも、ここに掲げた一首は「酒友に」と題され、酒の味の神髄を示した歌として紹介されることが多い。

 坂口氏の著作や講演録などを読むと、できたての若い酒よりも、どちらかといえば、熟成した酒を好んでいた節がうかがえる。そういう目で眺めていたら、一首の「うま酒」が泡盛の古酒だったと考えるといかにもぴったりくる気がするけれど、さて、どうか。

泡盛の古酒を作る沖縄の知恵「仕次ぎ」

 坂口氏の一文からまもなく50年になる。その期待に応える形で、泡盛の古酒は今では泡盛ブランド深化の一角を担っている。ただし、解決すべき明確な課題も浮かんでいるようだ。

 泡盛の古酒の製法としてよく紹介されるのが、瓶に入った泡盛を海底に沈めておくという手法だ。海水の適度な揺れを受け、陸上より熟成が数段早く進むという。あるいは、洞窟に貯蔵しておく。そうして、子どもの生まれた年にできた泡盛をその子の成人の日に一緒に飲む、というわけだ。これらは熟成のためには十分理にかなった方法とのことで、個人が楽しむ分には何の問題も起こらない。

 しかし、かつての「100年もの」級古酒の復活をメーカーが目指そうとしたら、この手法では足りない。泡盛の古酒の製法には本来、独特のものがあり、単に貯蔵しておくだけではだめなのだ。例えば、ここに100年ものの古酒があるとする。それを飲む。また飲む。さらに飲む。これではやがて、この古酒がなくなってしまう。ところが、そうはならない知恵が沖縄にはあるのだ。

 「仕次ぎ」といわれる手法である。琉球王朝最後の国王、尚泰王の四男、尚順氏の著述がよく例に出され、「君知るや名酒泡盛」でも紹介されている。それによると、古酒とは育てるものである。まず、ベースになる古酒(「親酒」という)を少しずつ苦労して集め、次いでこれにつぎ足す酒を1番、2番、3番から4番、5番までという具合に貯蔵年数順に用意する。そうして、飲んだり蒸発して減ったりした場合に備える。すなわち、親酒に1番をつぎ足し、1番には2番をつぎ足し、2番には3番をつぎ足し……と、こうして細心の注意を払って、数百年もの間、蓄えておいた親酒が本当の古酒だというのである。

 もちろん、このような酒は気安く飲むものではないようだ。古酒の倉庫の鍵は一家の主人が管理し、これはという客が来たときに、ごく小さな杯に、主人自ら注いで供するものだという。それも1杯だけで、客もお代わりをしないのが礼儀だったらしい。

 このような古酒が沖縄戦でほとんど失われ…

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伊藤和史

1983年入社。岐阜支局、中部報道部、東京地方部、東京学芸部、オピニオングループなどを経て、2019年5月から東京学芸部。旧石器発掘捏造(ねつぞう)事件(2000年)以降、歴史や文化財を中心に取材

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