
新海誠監督の最新作「天気の子」が好調だ。7月の封切り後、興行収入は140億円に達し、現在も全国で上映が続く。第92回米アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表に選ばれ、第47回アニー賞でも長編作品監督賞など計4部門でノミネートされた。映画のラストシーンでは、東京を周回するJR山手線の田端駅が舞台になり、公開直後からファンたちの「聖地巡礼」スポットにもなった。これまでの新海作品で舞台になった新宿でも、渋谷や東京駅でもなく、なぜ田端駅なのか。記者も聖地巡礼してナゾに迫ってみると、東京の地形を巡る壮大な歴史が見えてきた。【待鳥航志/統合デジタル取材センター】
重要シーンの舞台が田端駅
「天気の子」の舞台は異常気象で雨が降りやまなくなった東京だ。廃ビルの屋上にある神社で晴れを祈ったことをきっかけに、祈ると晴れにできるようになった少女・陽菜(ひな)。島から東京に家出してきた少年・帆高(ほだか)と出会い、雨続きの東京で「晴れ」を商品にして売り始める。「晴れ女」として話題を集める中で、2人の心も引かれ合う。しかし天候を変えれば変えるほど、陽菜の体には異変が起きていた――。
劇中で陽菜は、自身が晴れ女になったきっかけを、自宅に向かう途中の坂道で帆高に打ち明ける。さらに物語の最終盤、同じ坂道から、雨が降り続いて水没した東京の景色を一望する。詳しくは映画をご覧いただくとして、気になったのは、いずれも重要シーンで登場するその坂道だ。
映画のモデル地について公式の説明はないが、劇中に実際の地名や駅名、建物が登場するため、多くのモデル地が特定されている。坂道のモデルは、JR田端駅(東京都北区)近く。山手線の1時半の方向にある田端駅は、京浜東北線も交わるが、大きな繁華街がなく知名度も低い。ネット上では「山手線で一番マイナーな駅」と揶揄(やゆ)するコメントもちらほらある。どんな場所なのか。8月の平日午後、曇り空の下、カメラを手に田端駅を降りた。
大昔は海の下だった…
人の流れに沿って北口改札を出たが、映画に描かれたような坂道が見当たらない。歩いて高台の南口に回ると、小さな無人の改札口があり、そこから南側に延びる坂があった。
山手線の駅とは思えない静けさで、道幅は映画よりやや狭く見える。坂の右側の斜面には木々やアジサイが生い茂り、左側は駅舎や線路を見下ろす形で、崖になっている。
坂を10メートルほど上ると、線路や住宅街が一望でき、遠くには東京スカイツリーも見える。柵は映画より少し高い感じ。映画では、崖の下にある地域一帯が水没して海のようになってしまう。高低差がはっきりしたこの場所からは、水没した光景が描きやすかったのではないか。そんな仮説も浮かび上がる。
坂には、30分くらいの間に高校生のグループなど10組ほどが絶え間なく訪れた。景色を撮影していた東京都大田区の主婦、清水仁美さんは、9年前までの約15年間、この坂の上の地域に住んでいたという。話しかけると「この崖の下が大昔は海だったという話は、住んでいる時に地元の人にも聞きました」と教えてくれた。かつて崖の下は映画のように本当に海だったのか? 崖が隔てた陸と海。謎を解きたくなった。
映画に刻み込まれた東京の地形史
「田端から上野方面に続く崖は、武蔵野台地の端にあたり、この台地の中でも最もきれいに崖が見られる地域です」
地理学者の山崎晴雄・首都大学東京名誉教授に解説してもらった。川や坂が多い東京の地形は…
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