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加藤浩子の「街歩き、オペラ歩き」

ウィーンっ子御用達の地元密着型劇場〜ウィーン・フォルクスオパー

ウィーン・フォルクスオパー

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 ヨーロッパの街には、オペラハウスがつきものだ。中小の街だとオペラからミュージカルから演劇まで、舞台ものならなんでもかんでも一つの劇場で上演しているが、人口数十万以上の都市だと、だいたいオペラ専用の劇場がある。そればかりか、第二、第三のオペラハウスが存在する街も少なくない。が、オペラハウスが複数あると、その間には「格」の差が生まれる。全体が作曲された正式な「オペラ」が上演される劇場が一番「格」が高く、第二、第三のオペラハウスだと、今でいうミュージカルに当たるオペレッタや、ミュージカルそのものも舞台にかかる。オペラが上演される場合も、原語ではなく母国語に訳されて上演されるなど、全体的に敷居が低くなっているのが特徴だ。場所も、第一の劇場は街中にあるが、第二、第三の劇場だと中心部を外れていたりする。けれどこの手の劇場というのは全くもって地元感に満ち満ちていて、華やかな大劇場でオペラを見るのとはまるで違った、ジモティ(地元の人)の一員になったような空気に浸れる。

ウィーンを代表するコンサートホールのひとつ、ウィーン・コンツェルトハウス

 ウィーン・フォルクスオパーは「第二のオペラハウス」の典型であり、理想でもある。街の中心の超一等地にでんとそびえる第一のオペラハウス、国立歌劇場から地下鉄とトラムを乗り継いで20分あまり。「ヴェーリンガー通り」という停車場の真ん前に現れる「フォルクスオパー」の建物は、劇場のようでも、ちょっとレトロな映画館のようでもある。国立歌劇場は環状道路沿いの広場のようなスペースに宮殿のように堂々と建っているが、フォルクスオパーは道ばたに、通りに身を乗り出すようにして敷地いっぱいいっぱいに建っている。チケット売り場も、なんとなく懐かしい雰囲気だ。ちなみに「フォルク=Volk」とは国民とか民族とかいう意味だが、ここでは「大衆」くらいの意味だろう。

ウィーン名物、ウィンナーシュニッツェル

 フォルクスオパーは何よりも、地元のファミリーを意識したオペラハウスである。観光名所でもあることから観光客も大きなターゲットにしている国立歌劇場とは、その点がまず違う。演目はオペラからオペレッタ(オペレッタはウィーンで発展した)、ミュージカルまで幅広いが、最近特に力を入れているのはミュージカルだ。だから専属の歌手も、オペラ歌手からミュージカル歌手(この場合は俳優?)まで幅広い。加えて国立バレエ団もフォルクスオパーの所属なので、結構な大所帯なのである。ちなみに席数も1473席と、「第二のオペラハウス」にしては大規模だ。立ち見も102席あり、筆者も学生の頃お世話になった。座席選びで失敗したのは、柱の後ろに位置して舞台が見えないせいで激安になっている席を、それと知らないで買ってしまった時である。視界をさえぎる柱に抵抗しようと必死で首を伸ばしてみたものの舞台はほとんど見えず、立ち見よりよほどストレスがたまった数時間だった。

 フォルクスオパーの客席で目につくのは、家族連れが多いことである。先生に連れられた中高生くらいの学生のグループもよく見かける。日欧問わず、日ごろオペラハウスの客席の高齢化に頭を痛めている一オペラファンとしては、なんとなく心強い気分になる。

 半面、フォルクスオパーで困ることは、言葉がわからないことである。日本語の字幕も見られる国立オペラ座は世界のオペラハウスの中でも例外だが、フォルクスオパーはドイツ語の字幕は出るものの(筆者のドイツ語力は脇へ置いて)、ウィーンなまりが多分に混じっているのだ。特にオペレッタのセリフの部分などウィーン方言だらけだから、周囲が笑い転げている中でぽつねんとしていなければならなくなる。フォルクスオパーは楽しいが、寂しいのである。

 セリフにウィーン方言が多用されるのはフォルクスオパーが地元を向いている証拠だが、もちろんそれには理由がある。もともとこの劇場は1898年に、ウィーンなまりで芝居を上演する目的で開場したのだ。だがすぐ資金に行き詰まり、オペラハウスとして出直す。20世紀初めにはアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー、フェリックス・フォン・ヴァインガルトナーなどそうそうたる音楽家が指揮者として活躍。また世界初演オペラも続々と上演され、1907年にはツェムリンスキーが「トスカ」を指揮するなど活況を呈した。29年からはオペレッタを柱にする劇場として再出発。幾多の紆余(うよ)曲折を経て、現在に至っている。

ウィーンのシンボル、シュテファン大聖堂

 フォルクスオパーは、日本でもおなじみの劇場である。79年に初来日を果たして以来、2016年まで来日は実に9回にのぼる。演目も「こうもり」「チャールダーシュの女王」といったウィーンで生まれたオペレッタが中心だ。ただやはり、オペレッタは(たとえ言葉が多少わからなくとも)歌手の息づかいや観客の反応、体温が伝わってくるような地元の中小規模の劇場で見るのが面白く、来日公演だとそのあたりの空気は味わえない。

 フォルクスオパーでは、日本人演奏家も大勢活躍してきた。日本を代表するソプラノの中嶋彰子や幸田浩子は一時期専属歌手だったし、指揮者の阪哲朗はフォルクスオパーの看板演目である「こうもり」で絶賛されるなど、人気指揮者の一人である。現在はバス・バリトンの平野和が10年以上にわたって所属しており、オペレッタからミュージカルまで得意分野が多々あるフォルクスオパーの専属の中で「オペラ歌手」を貫いている。よく響き、ちょっと甘さと明るさのある平野の声はとても魅力的だ。この10月にもフォルクスオパーで、「魔笛」のザラストロ役のロールデビューを飾り、好評を得た。

フォルクスオパーで専属歌手として活躍する日本人バス・バリトン歌手の平野和

 9月、久しぶりに訪れたフォルクスオパーで楽しんだのは、看板演目の「こうもり」。華やかな舞踏会をバックに、ブルジョワ階級の夫婦の倦怠(けんたい)期や復讐遊びなどが絡む、ウィーンっ子が何より愛するオペレッタだ。演出はウィーン生まれの名テノール、ハインツ・ツェドニク、指揮はこれもウィーン生まれで89年以来フォルクスオパーの指揮者を務めているアルフレート・エシュヴェと、まさに「これぞウィーン・フォルクスオパー」の顔ぶれ。歌手はみな演技がうまく、歌のない役柄が印象に残ったりするのもこの劇場らしい。彼らの多くはミュージカルも歌うので、マルチタレントでないと務まらないのである。 今回一番さえていたのは、歌のない「イーダ」役を演じたユリエッテ・カーリル。あまりに演技がうまく、ダンサーに混じって踊りも踊るので女優さんかダンサーなのかと思ったら、なんと(!)歌手だった。2015/16シーズンからフォルクスオパーに所属し、「フィガロの結婚」などにも出演しているという。このような、「第一のオペラハウス」ではまずお目にかかれない才能との出会い、それも「第二のオペラハウス」の醍醐味(だいごみ)なのである。

「こうもり」より、ウルズラ・プフィッツナー(ロザリンデ)とサボルチ・ブリックナー(アルフレード)

     ◇    ◇    ◇

劇場公式サイト

https://www.volksoper.at/

筆者プロフィル

 加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

公式HP

http://www.casa-hiroko.com/

ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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