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毎日フォーラム・パラスポーツ

毎日新聞が報じたパラリンピック

1964年の東京パラリンピック開会式を報じる11月8日付の毎日新聞東京本社夕刊紙面

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20年東京大会は変革への出発点

 「641108」を見て、何か連想するだろうか。即答できる人は少ないだろう。では、「641010」はどうか。8月に静岡県内で講演の機会を得た時、この数字を見せると「あ、前の東京オリンピックの開会式!」と会場から声が飛んだ。正解だ。最初に示したのは、1964年東京パラリンピックの開会式の日だ。今年11月8日は、その日から55年となる。

     毎日新聞の記事データベースを検索すると、「パラリンピック」の語を含む記事は、2万2938件ある(10月20日現在)。日本で唯一の点字新聞「点字毎日」を発行して97年になる毎日新聞社は、2016年1月に同業他社3社とともに東京2020大会のオフィシャル新聞パートナーになり、4社で唯一「パラリンピック・ムーブメントを応援する」と明言するコメントを出した。だが、当初からパラリンピック報道に熱心だったわけではない。

     本紙データベースに残る最初の「パラリンピック」記事は、64年5月4日朝刊に載った「パラリンピックの支援 陸上自衛隊決める」というベタ(1段)見出しの記事だ。11月の大会前後を中心に、この年は45本の記事が載った。11月15日朝刊は、一連の大会の閉会式に皇太子(現・上皇)ご夫妻が出席し、「選手たちに手をふりながら(会場を)退場」されたと伝えている。

     ただ、載ったのはいずれも関連行事や話題、毎日新聞社が関係者を集めた座談会の記事などで、競技の記録は見当たらない。その後は、年1、2本が出るかどうかという時期が90年代初めまで続く。

     夏のパラリンピックについて、大会ごとに「開会式1年前」~「閉会式1カ月後」の約13カ月間の記事を調べると、この期間の記事が100本を超えるのは96年アトランタ大会から。98年には長野冬季大会を控え、このころから「話題物」としてだけでなく、徐々にスポーツとしてパラを取り上げるようになった。00年シドニーから12年ロンドンまで4大会の記事数は、それぞれ500本弱から700本台を推移。13年に東京大会開催が決まり、16年リオ大会では記事が一気に3500本を超えた。

     また、来年の東京パラ1年前となる今年8月25日から約2カ月間の記事は、既に500本を超えた。内容も、各競技の日本選手権や国際試合の結果が運動面に載り、東京以外の各地域でも、地元のパラ関係イベントや有力選手の紹介などが掲載されるようになった。

     記事本数は、世間の関心の高さの一つの指標だろう。ただ、パラスポーツ関係者には80年代後半~90年代初めの「バブル期」を念頭に、今の状況を「パラバブル」と呼ぶ人が少なくない。東京大会が終わると、21年以降は支援の輪や、観戦者・体験者の数が一気にしぼむのではないかと心配しているのだ。私も同感だ。実際に「20年の東京大会以降は支援を打ち切る」と明言する関係者も存在する。

     日本パラリンピック委員会(JPC)の鳥原光憲会長は、機会あるごとに「パラリンピックは多様性を受け入れる共生社会への変革を促す大きな価値がある」と語る。ならば、20年東京大会は、決して終着点ではなく、その変革のための出発点でなければならない。(毎日新聞社オリンピック・パラリンピック室委員、山口一朗)

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