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東京へ ともに歩む

毎日新聞

男子50メートル自由形で派遣標準記録を突破した山田拓朗=静岡県富士市の静岡県富士水泳場で2019年3月2日、佐々木順一撮影

パラアスリート交差点

競泳・山田拓朗「恐れない」 スタートの改善に手がかり

 9月にロンドンで行われたパラ競泳の世界選手権では納得のいく結果を残せませんでしたが、スタートについて新たなチャレンジもしました。開幕まで300日を切った東京パラリンピックにつなげることができたと思います。

     世界選手権では、初日の男子100メートル自由形と最終日の男子50メートル自由形(ともに運動機能障害S9)の2種目に出場しました。S9クラスの100メートル自由形は、パラリンピックの種目ではなくなったので、今回は前半の50メートルのタイムを意識して泳ぎました。結果は27秒42で、速いとは言えません。直前調整後に臨んだ50メートル自由形も26秒66で、自己ベストには及びませんでした。ともに予選敗退です。

     しかし、ずっと取り組んできたスタートの改善について、手がかりをつかんだ気がします。初速を上げるには、飛び込む際に手を真っすぐ伸ばす「ストリームライン」という姿勢をしっかりと取ることが必要です。両手を真っすぐ伸ばすためには、手を肩から頭の上の方に伸ばす動作と、両手を内側に閉じる動作の二つが必要です。これらの動作をスムーズに行うためのポイントになるのは、胸の骨格部分「胸郭」の可動域でした。

     レース直前は、胸郭の可動域を上げるために、日本代表チームにある、ストレッチ用の器具などを試しました。すると肩周りの動きがよくなり、ストリームラインが安定してきました。調子もよく「これはいけるのでは」という感覚に包まれました。迎えた50メートルのレースではしっかりと体が動き、普通に泳ぐことができたと思いますが、思うようなタイムは出ませんでした。

     帰国後、レースを分析すると、いつもより泳ぎのテンポが遅くなっていることが分かりました。胸や肩、両手の動きがよくなったことで、泳ぎが大きくなり過ぎていたのかもしれません。筋肉の可動域が広がり、コントロールすることができなかったのが原因だと思います。

     一方、帰国して4日後に行われたジャパンパラ大会(横浜国際プール)では、時差ぼけがひどく、疲労困憊(こんぱい)で風邪気味だったにもかかわらず、世界選手権より良いタイムが出ました。世界選手権より体が動かず、結果的にこれまでコントロールできた範囲内の泳ぎをしたためだと思います。

     それでも世界選手権での挑戦は間違っていなかったと思います。パラリンピック開幕の1年前だからこそできた挑戦で、ぶっつけ本番では失敗のリスクが高まります。方向性は間違っていないので、普段の練習を通じて新たな可動域になじんでいき、体に覚え込ませていきたいです。積み上げた先に、きっと良い結果が待っていると信じて練習に励んでいきます。

     パラ競泳の世界では昨年、大規模なクラス変更がありました。今大会の優勝者の顔ぶれを見ると、パラ競泳の勢力図は大きく塗り替えられたと感じます。世界選手権の期間中に開かれたアスリート委員会では、クラス変更について話し合い、賛否両論の意見が出ました。戸惑いのある選手もいるかと思いますが、目の前の練習に集中し、高いレベルでの東京パラリンピック出場を目指したいと思います。

    ラグビー・ワールドカップ(W杯)で日本が8強入りしましたが、どのように感じましたか。

     勤務するNTTドコモはラグビーのトップリーグに所属しており、何度か観戦したことがあります。ラグビーはなじみ深いです。W杯はテレビで観戦しました。スポーツとして美しいし、歴史的に紳士のスポーツであるところも見どころだと思います。選手が長い時間をかけてハードワークをしてきたことに敬意を表します。お祭り好きな日本人。「勝ち進んでいるから」「みんなが盛り上がっているから」と応援した人も少なくなかったと思います。スポーツの価値を発信してきた選手たちを、大会後も大事にしてほしいです。

    やまだ・たくろう

     兵庫県三田市出身。先天性の障害で左肘から先を失った。競泳男子自由形で短距離が専門。パラリンピックには、日本歴代最年少の13歳で臨んだ2004年アテネ大会から4大会連続出場。16年リオデジャネイロ大会は男子50メートル自由形(運動機能障害S9)で銅メダル。NTTドコモ所属。28歳。