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平和をたずねて

昭和の戦争を語る/45 洋画で知った欧米人思考=広岩近広 /大阪

 ――1940(昭和15)年2月上旬、私(岩井忠熊さん)は旧制姫路高校の受験で大連から本土に渡りました。民政党の斎藤隆夫が、歴史に残る「反軍演説」をした直後です。大連―門司―神戸を結ぶ大連航路は門司までが3泊4日、神戸は4泊5日の長旅でした。

大連の中学に学んだ日本人にとって第一の進学先は、難関といわれた奉天(現瀋陽)の満州医科大学、旅順工科大学(予科を含む)、旅順高等学校(旧制)、それに「満州国」の教育制度による建国大学でした。

 第二の進路が本土の大学となりますが、どの旧制高等学校に進んでも、当時の東大や京大の帝国大学文学部は…

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