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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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昼がもっとも短くなる冬至に太陽の復活を願う冬至祭が…

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 昼がもっとも短くなる冬至に太陽の復活を願う冬至祭が北半球各地にあったのは分かりやすい話である。クリスマスも諸民族の土着的な冬至の祭礼が素地となり、イエスの生誕と結びつけて定着したといわれる▲天皇が毎年、新穀を神に供し共に食する新嘗祭(にいなめさい)も元々陰暦11月の2度目の卯(う)の日という冬至のころの行事だった。明治改暦後から新暦11月23日とされたが、元は冬至に新穀を神と共食して生命のよみがえりをはかる祭儀だったという▲天皇の即位後の最初の新嘗祭は大(だい)嘗(じょう)祭(さい)として大がかりに行われた。史書に初めて詳しく記された大嘗祭である持統(じとう)天皇のそれは陰暦11月の冬至の日だった。大嘗祭も天皇―新穀(稲)―太陽(神)を結びつける復活の儀式なのだろう▲一連の即位の儀を終えられた天皇陛下はきょう夕からあす未明にかけ大嘗祭の中心儀式の「大嘗宮の儀」にのぞまれる。大嘗宮とはこの祭儀のために建てられた悠紀殿(ゆきでん)と主基殿(すきでん)などから成り、その2棟それぞれで同じ次第の儀式を行う▲「秘儀」とされ、ことさらに神秘性が語られる大嘗祭だが、太陽の復活と王権の継承を結びつけた祭儀だったならば、それはそれで分かりやすい。祭儀を近代国家の新暦により冬至と切り離したのは明治の人々の都合といえるだろう▲象徴天皇制においては宗教性ゆえに政教分離に反すると批判される大嘗祭である。そのあり方を問う皇族の発言に虚を突かれた主権者=国民としては、納得のいく論議をこの先も尽くしておくべきだろう。

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