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常夏通信

その18 74年目の東京大空襲(5) 国民を分断する「戦争被害受忍論」という魔刀

釜山から小さな漁船で引き揚げてきた邦人。命を取り留めても、肉親や財産を失った人たちが多かった=福岡県の博多港で1945年10月18日撮影

 1945年3月10日の米軍による無差別爆撃、東京大空襲で家族を殺された河合節子さん(80)は今日21日も仲間と一緒に東京・永田町の国会前でつじ立ちをした。3週間前に同じ場所で、男性から「アメリカ大使館の前でやれ!」との怒声を浴びせられた場所だ。

 「次は黙っていない」。常夏記者こと私はそう思っていた。「日本政府は無差別爆撃についてアメリカへの補償請求権を放棄したんですよ。国民の意思を聞くこともなく、アメリカ大使館の前で補償を訴えたところで、向こうは相手にしないか、したとしても『日本政府が請求権を放棄したじゃないか。自分のところの政府に求めなさい』と言いますよ。そういうことを知らないとしても、どうして戦争で被害にあった同胞にそんな暴言をぶつけるんですか」。そんなことを言い返そうと考えていた。

 ところが、河合さんに諭された。「言い返して騒動になったら、この活動ができなくなってしまうかもしれませんから」

 それは何としても避けなければならないが……。考え込んでいる私に、河合さんは言葉を継いだ。「私たちは慣れていますから」

 東京大空襲の被害者たちは2007年、国に損害賠償を求める裁判を始めた。河合さんも加わり、支援を求める署名集めなど街頭での運動にも参加した。そこで通りかかった人に言われた。「もっと(補償を)もらいたいの?」

 「口に出さなくても、そう思っている人は多いはずです」。河合さんはそう話す。

 日本政府は52年に独立を回復して以降、元軍人や軍属とその遺族らへの援護や補償を進めた。河合さんたち民間人にはなかった。彼ら、彼女らは、補償を怠ってきた日本政府だけでなく同胞からの無関心、無知にも苦しめられてきたのだ。

 無補償の戦災民間人たちは政府に補償を求めた。中でも活発だったのは植民地など海外での財産(在外財産)を失った人たちだ。60年、カナダ政府によって財産を接収された日本人の元移民…

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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