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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「核戦争で威嚇し、どうして平和を提案できるのか」ローマ教皇広島訪問

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 広島市中区の広島平和記念公園では24日夜、フランシスコ・ローマ教皇の来日に合わせて「平和のための集い」が開かれた。教皇は「原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。より正義にかなう安全な社会を築きたいと真に望むならば、武器を手放さなければなりません」と語り、核なき世界に向けた行動を呼びかけた。

「広島で起きた事を忘れてはなりません」被爆者ねぎらう

 教皇は午後6時40分過ぎ、原爆ドームのある平和記念公園に到着した。出迎えた関係者ら一人一人に声をかけ、被爆者の女性が泣き出すと、涙が伝わる頰をさすって抱きしめる場面もあった。

 集いでは、広島大付属高2年の松田小春さん(17)ら高校生平和大使3人が準備したろうそくに点灯。被爆者を代表し、14歳のとき爆心地から2・3キロ離れた市内の工場で原爆に遭った梶本淑子さん(88)が、建物の下敷きになり3日間自宅に帰れなかったこと、街で死体をめくって自身を捜し続けた父が1年半後に突然亡くなったことなどを証言した。梶本さんが「平和を願う多くの人の力と亡くなった人の魂によって、核は必ず廃…

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【広島・長崎原爆】

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