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没後200年・伊能忠敬を歩く

2018年は伊能忠敬が没して200年。ゆかりの地を記者が訪ねました。

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没後200年・伊能忠敬を歩く

/18 宮城県大和町 泊まった宿、今は種苗店

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伊能忠敬率いる測量隊が泊まった吉岡宿
伊能忠敬率いる測量隊が泊まった吉岡宿

 伊能忠敬率いる測量隊は1800年6月20日午前8時ごろ、仙台・国分町(仙台市青葉区)の宿を出立、約45キロ先の古川宿(宮城県大崎市)に向かった。仙台平野を北上し、七北田宿(仙台市泉区)、富谷宿(同県富谷市)を通過、この日の行程のほぼ中間地点にある吉岡宿(同県大和(たいわ)町)に入った。

 忠敬が残した「測量日記」によると、蝦夷地(えぞち)(北海道)を目指した第1次測量と、東北地方をまわった第2次測量の帰路でも吉岡宿に泊まっている。江戸時代後期、町には約140軒の戸数があり、仙台以北では比較的大きな規模の宿場だったとされる。第2次測量の日記には「止宿は笠原屋才兵衛」と具体的に宿屋の名の記録が残る。この宿の子孫が今も住んでいると知り、仙台駅前から高速バスで同地へ向かった。

 当時は徒歩で5、6時間はかかったと思われる道中だが、現在は東北道を経由し約40分。中心部の吉岡営業所でバスを降りる。人口約3万人の町の北東部には、トヨタ自動車東日本などの工場がある大規模な工業団地が立地するものの、営業所周辺は人通りも少なく、いたって静かなたたずまいだ。

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