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聖地「御嶽」を旅する

(上)沖縄・来間島 祭りとは原初の理想に戻る時

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来間島から対岸の前浜ビーチを望む=沖縄県宮古島市の来間島で2019年10月13日、伊藤和史撮影
来間島から対岸の前浜ビーチを望む=沖縄県宮古島市の来間島で2019年10月13日、伊藤和史撮影

 「宮古島の神と森を考える会」の年に1度のシンポジウムが先月、沖縄県宮古島市の離島、来間(くりま)島であった。シンポジウムの前には、来間島の「御嶽(うたき)」や遺跡を訪ね歩く正真正銘の「聖地巡り」が行われた。ローカルな現場が発信するローカルな議論から、全国で通用すると思われる提言を紹介する。地域にとって祭りとは、そして歴史とは――重い課題と展望が見えてくると思う。【伊藤和史】

神役の女性が高齢化 神祭りをどう存続させるか?

 人口約160人の来間島の神祭りを今後、どう存続させていくかが今年のテーマ。祭りは女性を中心に行われるが、島は高齢化が進む一方、本土や海外からの移住者の割合が増えている。

 現在6人いる神役の女性は70~80歳代が軸。年に約20の祭りがあり、うち五つでは2泊から1泊の「籠もり」を伴う。このような負担の重さから、神役の後継者不足は深刻だ。来間島だけの事情ではなく、宮古島全体、さらには南の島全域の共通課題。祭りが中断している地域は少なくない。

 こうした実情から、居駒永幸会長(明治大教授・日本古代文学)は「宮古遺産」構想を提唱した。祭りで歌われる神歌やそのベースにある伝承の価値を地域で知ってもらい、そこから祭り自体の意義に目を向けてもらって存続に結びつけようという狙いである。

創世神の系譜から繁栄の歴史を歌う「ニーリ」

 宮古島の神話や神歌の価値ある特徴とは何か。例えば、来間島にはこんな伝承がある。

 ……宮古島本島の地域豪族の娘が太陽の子をはらみ、卵を3個産んだ。そして3人の男児が誕生したが、あまりの大食いのため来間島に送られた。ところが、島には赤牛が現れ、島人をさらって食っていた。感謝の祭りを怠ったことへの神の怒りが原因だと突き止めた3兄弟は、祭りを復活させて島の新たな守り神になった。その祭りが今も島で最も盛大な祭りとして続いている……。

 これは、来間島の創世神話の一バージョン。世界的には「日光感精神話」「卵生神話」と分類され、宮古島の他の集落でも同種の伝承が多い。面白いのは高句麗・新羅の朝鮮半島とも共通する点だ。「朝鮮半島の王家の神話と共通するものが宮古、来間島にあるのはすばらしいこと」。居駒さんはこう評価する。

 さらに「ニーリ」と呼ばれる歌が興味深い。宮古島本島の狩俣地区のものがよく知られる。男性に歌われ、全編で約2時間もかかる。狩俣集落の創世神の系譜から繁栄の歴史に至る長大な叙事歌で、居駒さんは「これほど大きな構想をもった歌は他になく、本土も含めて最も優れた口承文芸の一つ」と絶賛する。

 ニーリは来間島にもある。神や土地の名前を挙げては延々とたたえ続け、島の豊穣(ほうじょう)を願う内容になっている。

 創世神話などの神歌が祭りで歌われる理由を居駒さんは「(村の始まりである)原初を現前させるため」と述べる。

 以前、出雲大社の平成の大遷宮を取材した時、ものごとの始まりには理想の姿があり、建物などを一新する遷宮とは、起源に宿る活力で神威の活性化を図るものだと聞き、感銘を受けた。

 南の島の神祭りも同じだろう。来間島立村の時、そこには願いや祈り、志があった。その集落の歴史の原点を確認し、人々は次の一歩を踏み出す。原初に回帰する祭りは、集落の存立の根幹にかかわる重大事なのだ。

 もちろん、創世神話だけでなく、ほかにも魅力的な歌が豊富に残る。

 「こうしたものを『宮古遺産』として残していったらどうか。祭祀(さいし)をやめればすぐになくなってしまいますが、他の考え方があるはずです」と居駒さんは話した。

 とはいえ、祭りの価値が明らかになったとしても、現…

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