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毎日新聞

ハビエル・フェセル監督は、映画「だれもが愛しいチャンピオン」で知的障害というレッテルをひっくり返したかったという=東京都新宿区で2019年11月25日、長谷川直亮撮影

東京・わたし

知的障害者にレッテル貼らず、同じ目線で 映画監督、ハビエル・フェセルさん

 プロバスケットボールのコーチと知的障害者のチーム「アミーゴス」の出会いと絆をユーモラスに描いた映画「だれもが愛しいチャンピオン」は昨年、スペインのアカデミー賞と言われるゴヤ賞で3部門を受賞した話題作です。12月27日の日本公開を前に来日したハビエル・フェセル監督は、障害者への深い愛情を語りました。【聞き手・山本修司】

 ――障害者の問題を扱いながら、底抜けに明るい映画ですね。

知的障害者のバスケットボールチーム「アミーゴス」は全国大会で快進撃を繰り広げる=太秦提供

 ◆知的障害者を描くにあたっては、出演者から自然ににじみ出たものをそのまま撮ったのですが、彼らの人生を理解するための柱の一つが「ユーモア」でした。冗談などではなく独特のおかしみなのですが、彼らは多分、健常者といわれる人たちと違う方法で世界を見ているのでしょう。そこにユーモアが出て来るんです。

 ――どのようにしてそれに気づいたのですか。

 ◆ダビド・マルケスが書いたオリジナル脚本を1ページ目から読んだとき、笑いながら心が揺れるのを感じました。障害者を主人公にしていますので、どうしてそうなるのかを知りたいがために、いろいろと学んだり、いろんな人と会ったりしたのですが、そこで気づいたのは彼らに全く偏見がないということでした。何でもとても自然で純粋な目で見て受け入れる。すべてをユーモアでもって受け入れ、また前向きでキラキラしています。そういうところが彼らの魅力として映りました。

 ――魅力的な脚本だったんですね。

 ◆そうですね。ただ、マルケスはこの脚本を持って8年間もいろんなプロデューサーのドアをたたいたんですが、誰も首を縦に振らなかった。私のところには最後に来たわけですが、最初に読んだとき人生の中で初めて、この脚本は私のために書かれたものだと思いました。すぐにキャスティングを始め、障害者のグループや教会などで知的障害者の話を聞いてみて、一人一人がすごく大きな宇宙だという感じを受けました。そして彼らの言葉や仕草、経歴、人生を描こうともう一回ゼロから脚本を書いたんです。

 ――知的障害者600人をオーディションし、10人を選んだそうですね。

自らオーディションで集めた知的障害のある“名優”たちとリハーサルをするハビエル・フィセル監督(右)=太泰提供

 ◆キャスティングが一番の学びの場でした。もともと脚本では選手は7人だったんですが、それが10人になった。女性はいなかったけど、グロリア・ラモスと出会って彼女を入れました。チームを動かす原動力になるだろうと思ったんです。また、この10人を脚本に近づけるのではなく、10人に脚本を近づけるということもしました。それぞれの人生が入ってくることによって映画がどんどん大きくなって、どんどん前向きになって、どんどん今までの映画にない価値が出てきました。私にとって貴重な体験でした。

 ――映画の中では健常者であるチームの監督について、知的障害のある選手が「彼は学んでいる。もちろん彼の障害は治らないが、対処法を我々が教えている」というせりふがあります。とても印象的でした。

 ◆知的障害の人を見るこれまでの視点は「父権的」で「彼ら(障害者)は学ばなければいけない、自分は教えなければいけない」「彼らは守られなければいけない、自分たちは守らなければいけない」という強と弱、上と下の関係です。それをぶち破りたかった。誰にも足りないところがある。ですが知的障害者にはレッテルを貼ってすべてが無理だと思われてしまう。これをひっくり返したかったんです。知的障害者の中にはすごく知能指数(IQ)が高くて、そうでないふりをしている人もたくさんいるんですよ。強弱とか上下でなく同じ目線で、ということをこの映画で訴えています。

 ――監督は短気で、妻ともうまくいかず、ダメダメの感じ。ある意味これが彼の「障害」であり、選手たちはその点を率直に指摘しますよね。

 ◆監督はプロとしてかなり上の方まで行っているのに、個人的には全くダメで、何か足りないところが常にあります。幸せを感じていない。知的能力が高いのに幸せじゃない。だったら、知的能力は少ないかもしれないけど、瞬間瞬間を幸せに生きている選手たちはどうなのか。幸せって何なのか。何が正常(普通)なのかという問題とも重なります。そういう(逆説的な)ところを観客に感じてもらいたいのです。大事なことは、選手たちの言うことはすべて真実で、攻撃性はなく、うそがない。そういう人たちを障害者と呼ぶのはどうなのでしょう。新聞を読むと社会にはフェイクがあふれていることが分かります。誠実さを失った社会の方が障害なのではないですか。

 ――ただ障害を「自分ごと」としてとらえるのは難しいですよね。映画でも監督は当初、自分に障害のある子どもが生まれることを恐れていました。

 ◆私がこれまで会ってきた障害者の親たちは、子どもが生まれたときは悲劇だと考えました。どうしようもない悲劇だと思うのだけども、やがて「子どもは贈り物だ」と思うように変わってくるんです。グロリア・ラモスのお母さんは彼女が生まれたとき「もう一生笑うことはないだろう」と思ったそうです。だけれども、一緒に暮らしていると「笑わない日が一日もない。毎日笑って暮らしている」と変わったのです。

 ――一方で、心配もあるでしょう。

 ◆一番心配なのは子どもの将来で、自分たちが死んだ後にどうなるかと。だからこそ、知的障害者が社会参加できるということ、社会に貢献できることをこの映画で示して、それが広がっていくことで、少しでも親たちの心配を減らせればと思っています。

 ――2020年に東京でオリンピック・パラリンピック大会が開かれます。どういうことを期待しますか。

 ◆障害者スポーツを見てきて、そのスピリットはオリンピック以上に素晴らしいと思いました。例えばチームワークのよさ、そして能力以上のものを出すことについてです。映画では監督は最初、勝ちにこだわっていました。でも私は、勝つことではなくてお互いに協力することが大事だと考えています。誰が勝つかは重要なことではありません。こうしたことは教育にも役立つでしょう。私の映画でもそれは実感できるはずです。自分そのままで映画を見て、(サプライズもあるので)驚くがままに驚いてほしいと思います。

マルコ役のハビエル・グティエレスと入念に打ち合わせをするハビエル・フェセル監督(左)=太泰提供

Javier Fesser(ハビエル・フェセル)

 1964年、スペイン・マドリード生まれ。コンプルテンセ大でコミュニケーション学の学位を取得。著名なジャーナリストで、監督、脚本家でもあるギレルモ・フェセルを兄に持つ。90年代半ばにいくつかの短編を監督した後「ミラクル・ペティント」(98年)で長編デビュー。フランシスコ・イバニェスの人気コミックを実写映画化した長編第2作のスパイ・コメディー「モルタデロとフィレモン」(2003年)でゴヤ賞の編集賞など5部門を受賞した。その後も「カミーノ」(08年)がゴヤ賞で作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞など6部門に輝くなど活躍している。

作品のあらすじ

 プロバスケットボールのコーチ、マルコは、負けず嫌いで短気な性格が災いして、妻と折り合いが悪く、トラブルでチームを解雇され、やけになって飲酒運転事故まで起こした。刑罰の代わりに社会奉仕活動をすることになり、知的障害者のバスケットボールチーム「アミーゴス」を指導することに。選手たちのあまりに自由奔放な言動に困惑し、さじを投げそうになるマルコだったが、彼らの純粋さやユーモアに触れて徐々にやる気を起こし、全国大会で快進撃を見せていく。

山本修司

毎日新聞オリンピック・パラリンピック室長。大分県出身。1986年入社後、千葉支局、東京社会部、西部報道部、横浜支局長、社会部長、西部本社編集局長などを経て2019年5月から現職。事件記者一筋で、スポーツ取材経験は地方予選程度だが、中学から40代までサッカーのプレーと指導、審判に熱中。今は筋トレとランニングで体調を整える。