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悪質タックルから1年半 日大学生が映画祭「スポーツの光と影」開催へ

映画祭の運営について話し合う日大芸術学部の学生たち=東京都練馬区の日大芸術学部で2019年11月14日、五十嵐朋子撮影

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 パスを出し終えた選手への、背後からの強烈なタックル――。昨年5月の日本大と関西学院大のアメリカンフットボール部定期戦での衝撃的なプレーは、スポーツの根幹を揺るがす「悪質タックル」として波紋を呼び、社会問題にまで発展した。あれから1年半。日大芸術学部の学生が12月13~19日、東京都渋谷区のユーロスペースで「スポーツの光と影」と題した映画祭を開く。「面倒なことに巻き込まれないよう、知らないふりをしていた」。当時の思いをそう話す芸術学部の学生たちは、なぜこのテーマで今、映画祭を開くのか。【村上正/統合デジタル取材センター、五十嵐朋子/社会部】

SNSで動画が拡散

 まずは悪質タックルの問題をおさらいしたい。

 51回目を迎えた定期戦が東京都調布市で行われたのは昨年5月6日。伝統校の両大は、前年の全日本大学選手権決勝・毎日甲子園ボウルでも対戦しており、定期戦は甲子園ボウルを再現したような熱気に満ちていた。

日大アメフト部第三者委員会の中間報告について説明する勝丸充啓委員長(中央)=東京都内のホテルで2018年6月29日、佐々木順一撮影

 関学大選手は右サイドに向かって走り、パスを投じたが、失敗して天を仰いだ。走る速度を緩めたところ、追いかけてきた日大選手に背後からタックルを受け、激しく転倒した。このプレーを映した動画はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で広く拡散し、多くの非難の声が上がって「炎上」した。

指示を巡り意見食い違う

 騒動が広がる中、タックルをした日大の宮川泰介選手が同22日に開いた記者会見には、報道関係者約360人が駆けつけた。けがをした関学大の選手や家族らに謝罪した上で、「私の独断ではない」と監督やコーチの指示だったことを明らかにし、「追い詰められて悩んだ」末の行動だったと説明した。

 しかし、その翌日に会見を開いた内田正人前監督と井上奨元コーチは、悪質タックルは「想定外だった」と指示を否定。両者の言い分は大きく食い違った。

日大の宮川泰介選手(左)は11月、1年半ぶりに試合に復帰した=東京都調布市のアミノバイタルフィールドで2019年11月17日、藤井達也撮影

第三者委は指示を認定

 日大は第三者委員会(委員長・勝丸充啓弁護士)を設置し、真相究明にあたった。第三者委の報告書は、内田氏の指導について、選手に対して一方的で過酷な負担を強いる「独裁」「パワハラ」と批判し、指示があったと認定した。さらに、問題発生後に学内の対応が遅れたことも、その後の混乱を招いた要因と指摘した。経営トップの田中英寿理事長についても「公式な場に姿を見せず、外部に発信していない」と問題視した。

 アメフト部の問題にとどまらず、学内のガバナンス(組織統治)までもが問われ、日大には厳しい目が向けられた。

傷害容疑で不起訴処分、学生に残った「もやもや」

 悪質タックルは傷害事件にも発展したが、東京地検立川支部は11月、宮川選手、内田前監督、井上元コーチを不起訴処分とした。宮川選手は起訴猶予、内田前監督、井上元コーチは容疑不十分だった。

ゼミは古賀太教授が指導し、学生主体の映画祭の運営を支えている=東京都練馬区の日大芸術学部で2019年11月14日、五十嵐朋子撮影

 ただ今も、もやもやを感じる日大の学生たちはいる。映画祭を開く芸術学部の「映画ビジネスゼミ」の3年生16人だ。

 「キャンパスは違うし、自分とはあまり関係なかった。でも……」。田迎生成(きなり)さん(21)は言う。芸術学部のキャンパスは東京都練馬区にあり、アメフト部が練習する世田谷区のグラウンドとは距離がある。しかし、「新聞記者がアメフト部の問題を受けて学園祭に取材に来ました。学外の友人からもこの問題について聞かれ、だんだんと『考えなきゃいけないのかな』と思うようになりました」。

 菅原光梨(ひかり)さん(20)は一連の報道を見て、「結局真実はあいまいなまま。上下関係が厳しく、言えない空気があったのかなと思いました」と話す。

自分の問題として

 自身のスポーツ経験から、問題を「自分ごと」と捉えた学生もいる。

 佐々木尭(たかし)さん(21)は、小学校から高校まで柔道一筋、畳の上で青春時代を過ごした。中学ではクラブチームに所属し練習に打ち込んだが、指導は厳しかった。「世の中は理不尽と不平等だ」。指導者が言い放ったその言葉は今もはっきりと覚えている。時には「指導」として手をあげられたこともあったという。

 「精神面が強くなったし、今の自分を作ってくれた」と佐々木さん。素直な感謝の気持ちもある。ただ、高校に進学してクラブチームを離れると、上級生や教員に対して意見を言えなくなっている自分に気づいた。幸いにも高校柔道部は自由に意見を交わしやすい雰囲気で、縮こまっていた自分を変えることができた。「強豪チームほど指導者の権力が強くなり、『言えない空気』が生まれやすい。アメフト部もそうだったのではないか」と感じていた。

「自分たちから発信しよう」

 映画ビジネスゼミでは毎年、映画産業を支える人材を育てることを目的に、3年生が映画祭を開くことが恒例となっている。佐々木さんは「将来、指導する側となる多くの学生に見てもらい、自由に意見を交わす重要性を認識してほしい」と考え、映画祭のテーマに「スポーツの光と影」を提案した。

 ゼミの学生はそれぞれ企画を持ち寄り、多数決を繰り返して2案に絞り込んだ。最後まで残ったのは「スポーツの光と影」と、移民・難民をテーマにしたもの。5月下旬の決選投票で、16人のうち12人が「スポーツ」を支持した。

 「スポーツ」に賛同した石原空さん(21)は「タックル問題にもどかしさを感じていた。学部は違っても、世間からは同じ日大と見られる。自分たちから発信することに意味がある」と話す。指導する古賀太教授(映画史)は「アメフト部の問題をきっかけに、スポーツは学生にとって大きな関心事になった」と語る。

 来夏には東京五輪・パラリンピックもある。ゼミ内では「スポーツを美化する報道が多い」との意見も出た。アメフト問題を見て見ぬふりをしてきた学生たちは「スポーツ選手を取り巻く問題を見つめよう」と映画祭の方向性を定めた。

 映画祭で上映する作品を選ぶため、学生たちは30~40作品を鑑賞し、8月には17作品のラインアップが決まった。会場となるミニシアター「ユーロスペース」との交渉も進めた。興行として成立する見込みがあることが会場提供の条件だったが、劇場の支配人にも賛同してもらい、開催が正式に決まった。

競技と恋の間で葛藤するボクサーが主人公の「オリ・マキの人生で最も幸せな日」(ユホ・クオスマネン監督、2016年)の一場面=(C)2016 Aamu Film Company Ltd

差別、カネ、不条理…… スポーツの影を映す作品厳選

甲子園常連校を舞台にした青春映画「ひゃくはち」(森義隆監督、2008年)の一場面=(C)2008「ひゃくはち」製作委員会

 そして気になるのは、学生たちがどんな作品を選んだのかだ。

 渡部菜南さん(21)が挙げたのは「オリ・マキの人生で最も幸せな日」(2016年、フィンランド・ドイツ・スウェーデン)。周囲の期待を背負うプロボクサーのオリ・マキが、競技と恋の間で葛藤する姿を描いたフィクションだ。「何が幸せなのかを問いかけています」。来年1月の劇場公開に先駆けた上映となる。

プロボクサーの山口賢一が組織と相対する姿を追ったドキュメンタリー「破天荒ボクサー」(武田倫和監督、2018年)

 石原さんは高校野球を舞台にした「ひゃくはち」(08年、日本)を推す。甲子園出場を夢見てきた親友の2人が、レギュラー入りを目指して競い合う姿を描いた。同名小説を映画化した作品で、「日の目を浴びようとする2人。どう輝くか。共感できる内容です」と話す。

女性のサッカー観戦が禁じられたイランで、体制に挑む少女が登場する「オフサイド・ガールズ」(ジャファル・パナヒ監督、2006年)の一場面

 佐々木さんが推す「破天荒ボクサー」(18年、日本)は、ボクサー山口賢一を描いたドキュメンタリー。11連勝を飾るも、不当な理由でタイトルマッチが組まれない。ボクシング界の古い体質に立ち向かう姿を追う。実際の音声データが使われているところも見どころだ。

 この他にも、女性のサッカー観戦が禁じられているイランで、男装した少女が潜り込もうとする「オフサイド・ガールズ」(06年、イラン)や、有力新人獲得に向け、プロ野球界で札束が飛び交うスカウト合戦を題材にした「あなた買います」(1956年、日本)など、スポーツの「影」を描いた作品が並ぶ。

プロ野球スカウトの裏側を描いた「あなた買います」(小林正樹監督、1956年)=(C)1956松竹株式会社

 スポーツ関係者からは映画祭に期待する声が寄せられた。84年ロサンゼルス五輪女子マラソン代表で、スポーツジャーナリストの増田明美さんは「スポーツはうそ、偽りのないもの。勝利至上主義に走ったり、ビジネスが入りすぎたりすると弊害を生むことがある。正々堂々と戦って、競技が終われば互いにたたえ合う。そんな美しい人間の本質をみつめる映画との出会いを楽しみにしています」とコメントしている。

運動部の学生は関心薄

 同ゼミは11月15日、「スポーツをしている学生の意見も聞いてみたい」と運動部の学生に参加を呼びかけ、シンポジウムも開いた。同ゼミの3人と、陸上やバスケットボール部の4年生が登壇し、意見を交わした。

 「タックル問題をどう感じたか」という問いに対し、運動部の学生は「知り合いのアメフト部員に話を聞いてみたかったけど、気が引けて聞けなかった」などと当時の心境を語った。ただ、会場は空席が目立ち、問題への関心は運動部の学生の中では薄れているように見えた。

映画祭は12月13~19日

 そうした中、ゼミの学生たちは、スポーツに関わる学生や若者に映画祭に関心を持ってもらおうと、特設サイトやツイッター(@nua_eigasai2019)で告知に取り組んでいる。過去8回の映画祭で、最も入場者が多かったのは昨年7日間の約2600人。佐々木さんは「昨年の数字に追いつき、追い越したい」と話す。

 映画祭では1日に4作品を上映する。前売り券は1回券900円、3回券2100円。ユーロスペース(03・3461・0211)で販売している。

村上正

毎日新聞東京本社運動部。1984年、神戸市生まれ。2007年入社。舞鶴支局、神戸支局を経て、大阪本社社会部では府警などを担当。東京運動部では17年4月から水泳やサーフィンを担当。16年リオデジャネイロ五輪を取材した感動から、長女に「リオ」と命名した。

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