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時の在りか

長期政権を作ったふたり=伊藤智永

政権を退き、首相官邸を去る中曽根康弘氏(左)と後藤田正晴氏(右)=1987年11月6日

 自民党総裁選で次期首相候補は「中曽根康弘で行く」と決めるに当たり、決定権を握る田中派では反対論が大勢だった。

 「あんなボロみこし担げない」

 と言い放ったのは、後に田中派を乗っ取り竹下派の「ドン」となる金丸信である。最大派閥には、生き残りのため態度をコロコロ変えてきた弱小派閥に対する侮りがあった。その場にいた後藤田正晴の取りなしようも冷たい。

 「修繕して担いだらどうだ。ダメになったら捨てたらいい」

 その後藤田が名官房長官として中曽根長期政権5年間の船出1年と後半2年を切り回し、金丸幹事長が「死んだふり解散」の衆参同日選で自民衆院300議席の大勝を支えることになるのだから、政治は分からない。助走が済んだらみこしは自分で走り出し、最後は「世界の中曽根」を名乗った。

    *    *

 今に通じる「首相主導」政治は中曽根が源流とされるが、条件は全く違う。小泉純一郎元首相、安倍晋三首相の平成流「首相主導」は、小選挙区制と省庁再編の2大制度改革が元になっているが、実質的に昭和の最後を担った中曽根は、派閥全盛期に大統領型首相像を体現した点で独自である。

 政界の外から連れてきた有識者に政策を作らせる「ブレーン政治」と霞が関の縦割りを超えて官邸スタッフが権限を振るう「秘書官・補佐官政治」、報道機関を宣伝媒体に使う「パフォーマンス政治」「メディア政治」は3人に共通するが、中曽根は絶叫型の小泉やヤジをやめない安倍とは異質のしなやかな強さをまとっていた。

 後藤田が宮沢喜一元首相を引き合いに鋭く批評している。

 「宮沢さんは真面目すぎるわな。頭が良すぎて先が見えすぎる。だから、やろうとすることに勢いがない。その点、中曽根さんというのは頭よくないですよ。それだけに、非常に馬力がある」(回顧録「情と理」)

 中曽根が政界有数の読書家で、万事に予習を怠らず、芸術や哲学への好奇心旺盛だったことはよく知られている。文句なしの秀才だが、その程度の凡庸な知力より、国家経営への非凡な意力が勝っていたと言いたいのだ。

 だが、それではワンマンに陥って終わる。中曽根も自覚していたから、旧内務官僚の先輩で煙たい存在の後藤田…

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