オピニオン

自らの体験と専門研究の成果を還元し、農業を志す人たちを応援していきたい 総合農学研究所 教授
今川 和彦

2019年12月27日掲出

 今川和彦教授は大学卒業後、宮城県大崎市にある実家のコメ農家を継いだ後、単身アメリカに渡り、カウボーイとしてウシの生育を体験したという異色の経歴の持ち主だ。現在は、ウシの妊娠着床率向上の研究が専門で、その成果を、私たち人間をはじめとする哺乳類にも生かすとともに、畜産農業の安定的な発展へとつなげることを目指している。熊本キャンパスの地元である熊本県の農業従事者育成にも力を入れている今川教授。日本の農業の将来について語る言葉は、実体験に基づいているだけに、説得力に富んでいる。【毎日新聞編集委員・中根正義】

 

アメリカに渡り、大農場でカウボーイを実体験

──今川先生のご実家はコメ農家で、茨城大農学部に進学し、卒業後は農業を継がれたそうですね。農学部を選択された理由やきっかけなどお話しください。

 実は大学進学時、農学部にするか獣医学部にするか、かなり迷いました。実家は当時、田んぼが約4ヘクタールあり、そのほかに肉牛の繁殖牛と肥育牛を多い時で約50頭飼っていました。ブタやウシなどの家畜に囲まれて育ったこともあり、獣医への道も考えたのですが、老齢になって役目を終えたウシが屠(と)殺されるのを目の当たりにしていたことから、獣医学よりも生産することを研究する農学の方が自分の性格に合っていると判断し、茨城大学農学部畜産学科へ進学しました。

 在学中は、あまり熱心に勉強していたわけではなかったのですが、4年生になって卒論を書くに当たり、玉崎幸二先生からマンツーマンの指導を受けました。玉崎先生は私の書いた卒論を否定するのではなく、良いところを伸ばしてくれる方でした。玉崎先生とディスカッションしたり、卒論の添削指導を受けたりしているうちに、農学分野の動物の妊娠や免疫学への関心が高まってきました。本当はより深く勉強するために大学院へ進学したかったのですが、父がケガをしてしまい、どうしても働き手が必要だということで、卒業後は実家に戻り、農業を継ぎました。

 実家に戻り、1年間はコメづくりと肉牛肥育をしていました。ところが、この年は秋の長雨で作柄が悪く、こうしたアクシデントに遭遇しても負けない、強い農業経営を考えなければならないと思い、派米農業研修生というプログラムに応募して、渡米しました。アメリカの力のある農業経営者から学びたいと思ったのです。実際に就農してみて、伝統的な農業のやり方や農協の方針などに疑問を感じたことも、渡米したいと思った理由です。派米農業研修生はアメリカで新しい農業方法を学ぶものですが、私の場合は、“自分探し”という面もありました。

 

──アメリカでの生活はどのようなものだったのですか。

 2年間のうち、そのうち1年半はアイダホ州のポテト畑から山を1つ越えたカーマスカウンティという、牛が1300頭位いる牧場でカウボーイをしていました。100キロ四方くらいのところに人間は320人にしかおらず、有色人種は私1人でした。最初の1カ月間はカレッジで英語を学び、その後3カ月間はナシ園やリンゴ園で働いて金を稼ぎ、またカレッジに戻ってさらに2カ月間アメリカの農業や英語を学んでから、ようやく各農場に派遣されるのです。

 

ウシの着床率向上は哺乳類全般に関わる問題

──先生は渡米後、アメリカの大学院で学位を取得されました。

 派米農業研修生の多くは研修後、農家に戻ったり、農業関係で役所に勤めたりします。我々の世代では地方議員など政治家になっている人も少なくなく、熊本県の蒲島郁夫知事(東大名誉教授)も、この研修の体験者です。

 私の場合は特殊な経歴になったのですが、そのきっかけは、研修先の牧場で仕事中や仕事の合間に、ウシをじっくり観察するなどしていたことでした。観察しているうち、発情したウシの見分け方や妊娠しやすい条件に気づき、雇い主に繁殖方法を助言するようになりました。その成果をリポートにまとめたところ、研修の一環として畜産学を学んだネブラスカ州立大の研究者の目に留まり、大学院に入学することになったのです。

 大学院の修士・博士課程では性周期に関連するホルモンを計測していました。普通のエサと、エネルギーを少なくしたり多くしたりしたエサでは牛のホルモンはどう変わるか。成熟する時や、分娩してから回復するまでのホルモン動態を調べて博士課程までに論文を18本出しました。それは、いまだにネブラスカ州立大の記録になりました。しかし、企業や研究所からはまったく声がかからず、就職はできませんでした。

 結局、米国で1年、同会社で帰国して半年ほど生活用品関連の外資系企業で働き、特許も2つ取得したのですが、やはり自分は生理学、生殖の分野で働きたいと思い、自費をはたいて再度アメリカに渡りました。再渡米後、ミズーリ州立大学で自分が目指していた研究に出会い、数々の発見と投稿論文のおかげで、カンザス州立大医学部助教授の職を得ました。アメリカには18年おり、最後の8年間は医学部でラボを持ち、繁殖を専門に研究をしてきました。

 

──先生のご専門でウシの妊娠着床率向上についてですが、そのためには環境を整えていかなければいけないということですが……。牛の着床率向上に関しては、人間にあてはめることはできるのですか。

 ウシの人工授精や体外受精、胚移植による繁殖の技術はヒトのそれと比較しても進んでいますが、発達した技術をもってしても、人工授精による受精率95%に対して、妊娠率(受胎率)は50%程度です。さらに受精した胚が受胎するために必須な着床率は年々下がっているのが現状なのです。

 ヒトとウシの着床に関してですが、基本は同じです。ヒトの生殖医療の成功率は牛の50%程度に比べて、約25%とかなり低い。したがって、精子でも卵子でも受精卵でもない、受け入れ側も含めた子宮内環境を整えていかなければならないということです。着床率向上は、ウシに留まらず、哺乳動物全般に関わることだと思います。

 生殖は、すべての条件がそろって初めて考えられる生命活動です。畜舎でも、エサや水、足場などが悪かったり、自然災害などで電気が使えなくなったりといったことがあると、ストレスになって最初に切られるのが生殖です。人間も現代社会はストレスが大きすぎると言えます。待機児童の問題や職場環境の改善など、生活環境を整備することも大切です。

 

ウシの生産基盤を確立し、後継者を育てるのが夢

──日本の農家の高齢化が止まりません。先生の研究は農業の振興、地域創生にもつながっていると思います。

 牛の受胎率が10%低下すると50億円の損失になります。乳牛だけだと乳量が多くなった反動でということも考えられるのですが、実は肉牛も受胎率が落ちている。その原因は分かっていません。ただ、逆に言えば、10%上げることができれば50億円の利益を上げることができるので、できるだけ受胎率を上げていきたい。利益率を向上させることで、牛の生産基盤を強くして後継者が育っていくようにしたいと思っています。私自身、後継者になりきれなかったので、後継者をつくりたいという思いは非常に強いものがあります。現在、熊本県農業研究センターの講師も務め、くまもと農業経営塾の塾長もしています。熊本では農業で成功している人が非常に多く、頼もしく思っています。

 ところで、群馬にグローバルピッグファームというところがあり、そこでは「農業は家族単位であるべきだ」というポリシーを持っていて、北海道から九州まで全国90軒位の農家を束ねています。そして、すべての農家に後継者がいるのです。今、成功している農家や畜産農家は、農協や国の資金に頼らず、自立した人たちというのが共通項です。そうした人たちを応援していきたいですね。

 

──最後に、東海大で農学を学ぶことの魅力などメッセージをお願いします。

 私は東海大の学生たちに、こう話しています。「私は東大から来たが、キミたちは勉強ができるかどうかという点では東大生には勝てないかもしれない。しかし、頭の良し悪しや伸びしろという点では決して負けていない」ということを学生に話しています。「ただし、それはキミたちが自分をどう鍛えるかにかかっている。自分はその手助けをしたいと思っているので、後悔がないように最初によく考えて、自らが進むべき道を探してもらいたい」というアドバイスをしています。

 今は30年前にはなかった土地の流動性があり、農業を目指すなら、今はチャンスだと思います。自分で生活のペースを築くことができ、自分の手でモノを生産できる、農業には大きな喜びがあります。積極的に目指してほしいですね。

総合農学研究所 教授 今川 和彦 (いまかわ かずひこ)

1952年宮城県田尻町(現・大崎市)生まれ。茨城大学農学部卒業。アメリカ・ネブラスカ州立大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。カンザス州立大学医学部准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科教授などを経て2018年4月より現職。趣味は登山と野球。