全国高校駅伝

男子・滋賀学園25位 女子・比叡山23位 /滋賀

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 男子第70回、女子第31回全国高校駅伝競走大会(毎日新聞社、日本陸上競技連盟など主催)が22日、京都市右京区のたけびしスタジアム京都を発着点に開かれた。男女の都道府県代表各47校と、70回となる男子の記念大会枠11校が、師走の都大路を駆け抜けた。

 県代表は7区間を走る男子で、2年連続12回目の出場となった滋賀学園が2時間5分51秒で25位。5区間の女子は、7年連続9回目の比叡山が1時間12分3秒の23位でフィニッシュした。滋賀学園は5位入賞、比叡山は8位入賞の目標には届かなかったが、滋賀学園は県勢の過去最高記録を、比叡山は同校の過去最高順位を更新するなど、いずれも好走をみせた。【菅健吾】

25位でフィニッシュする滋賀学園の杉本和己選手=京都市右京区のたけびしスタジアム京都で、菅健吾撮影 拡大
25位でフィニッシュする滋賀学園の杉本和己選手=京都市右京区のたけびしスタジアム京都で、菅健吾撮影

 ◆男子

県勢最高タイム達成

 滋賀学園は昨年の記録を約4分縮め、2時間5分51秒でフィニッシュ。現在の距離(42・195キロ)になって以降、県勢の過去最高記録を塗り替えた。

 1区の安原太陽選手(3年)は序盤から、先頭集団で力走した。上りでややペースを落とすが、練習でスピードを磨いた下りで4人を抜き、18位でたすきをつないだ。

 2区の林優策選手(3年)は、昨年の都大路や今年の県予選でアンカーを務めたが、スピードを買われて今年は2区に登場。昨年も都大路を共にした、3区の西田歩選手(3年)に後を託した。

 「昨年は自分らしい走りができなかった」という西田選手。持ち前の積極的な走りで食らい付き、急成長した4区の後輩・梶谷優斗選手(2年)の背中をたたき、気合を入れた。梶谷選手は「冷静に行こう」と努め、目標の23分50秒を12秒上回る好走。5区の前新城羽信(まえしんじょうわしん)主将(3年)にたすきを渡した。

 県大会で唯一、区間賞を取れなかった前新城主将は、悔しさをバネに「チームに貢献できる走りができれば」と闘志を燃やす。順位を三つ上げ、24位で6区の後輩の小嶋郁依斗(かいと)選手(2年)につないだ。下りで奮闘した小嶋選手は順位を守り抜き、アンカーの杉本和己選手(2年)に回った。

 「たくさんの応援が聞こえて楽しかった」と杉本選手。初の都大路でも集中し、25位でフィニッシュ。積み重ねた練習が、県代表記録の塗り替えという「勲章」へと結実した。

滋賀学園・菊地正一朗マネジャー(3年)=京都市で、菅健吾撮影 拡大
滋賀学園・菊地正一朗マネジャー(3年)=京都市で、菅健吾撮影

献身的配慮でチームけん引 菊地正一朗マネジャー(3年)

 「非常に良いタイムだった。選手たちは実力を出して走ってくれた」。滋賀学園のマネジャー、菊地正一朗さん(3年)は、都大路を走りきった選手をたたえた。「スタートラインにつくまでが僕の仕事」と語る大河亨監督が、チームのキーマンとして真っ先に挙げる。選手が最善の状態でスタートラインに立てるには、マネジャーの献身的な配慮が不可欠だからだ。

 菊地さんは陸上部に入部当初、選手として都大路を目指していた。ただ、現エースの安原太陽選手(3年)をはじめとした実力のある選手らを目の当たりにし「続けていきたかったけど、力不足を感じた」と打ち明ける。

 選手として壁にぶつかった菊地さんに、マネジャーという選択肢を指し示したのは大河監督だった。練習メニューの目的などを誰よりも早くのみ込めていた、菊地さんの理解力を評価していた。

 マネジャーになってからは選手たちのタイムを計測しながら、大河監督の指示や練習の意図を選手に説明。時に選手と衝突することがあっても、誰かが指示する前に自ら考えて動くという、自主性の高いチーム作りに貢献してきた。前新城羽信主将(3年)も「選手が気付かない部分にもよく気が付く。今のチームを引っ張ってくれていて、走りに集中できる」と感謝する。

 高校卒業後も、大学で引き続き陸上部のマネジャーを続けたいという菊地さん。「選手たちの支えになれて良かった。これからも選手たちが気持ちよく走れる環境を作っていきたい」。縁の下の力持ちの夢は、まだ続く。【菅健吾】

 ◆女子

23位でフィニッシュした比叡山の志村咲季主将=京都市右京区のたけびしスタジアム京都で、菅健吾撮影 拡大
23位でフィニッシュした比叡山の志村咲季主将=京都市右京区のたけびしスタジアム京都で、菅健吾撮影

学校最高順位を更新

 比叡山は、昨年のチームが打ち立てた県代表記録の1時間11分25秒には38秒及ばなかったが、同校の順位としては過去最高だった2017年の25位を上回る健闘をみせた。

 1区の北川星瑠(ひかる)選手(3年)は「先頭に付いていく積極的な走りをする」と序盤から先頭集団に入り、6位で中間地点を通過。後半はややペースを落としたものの、18位でたすきをつないだ。

 2区の清水ひなた選手(3年)は、2人に抜かされ「焦ってしまいそうになったが、落ち着いて自分の走りを取り戻した」。1人を抜き返し、19位とほぼ順位を維持した。

 3区は唯一の1年、石田遥花選手。普段から仲が良いという清水選手からたすきをもらい「憧れていた舞台。楽しんで積極的に走ろう」とレースに挑んだ。「先輩後輩、関係なく『行け』と言ってほしい」と頼まれていた4区の三浦瞳選手(3年)に「行け」と言って、たすきを渡した。

 「周りの応援が力になった」と振り返る三浦選手は得意の下りで、順位を二つ上げる力走。同じ中距離走の選手でもあり、ライバルでもあるアンカーの志村咲季主将(3年)に最後を託した。

 競い合った仲間に「行け」と背中を押され「力になった」と志村主将。フィニッシュ直前に追い上げられるも「絶対、この順位を落としたくない」と気迫の走りで逃げ切った。それぞれが役割をしっかりと果たす「全員駅伝」が、同校最高順位という輝かしい結果を引き寄せた。

3年連続出場の両エース 1区・北川星瑠選手、2区・清水ひなた選手

北川星瑠選手(3年)=京都市で、菅健吾撮影 拡大
北川星瑠選手(3年)=京都市で、菅健吾撮影

 「いい流れを作りたかった」。1区を駆け抜けた比叡山の北川星瑠選手(3年)が振り返った。北川選手から、たすきを受けた清水ひなた選手(3年)も「どうなってもいいから飛ばそうと走った」と明かした。2人は1年生の頃から、3年連続で都大路を経験した比叡山の両エースだ。

清水ひなた選手(3年)=京都市で、菅健吾撮影 拡大
清水ひなた選手(3年)=京都市で、菅健吾撮影

 1、2区を担う2人は県予選で序盤から他チームを突き放し、7年連続9回目の優勝に貢献。2人の3年間を見てきた吉居克広監督は、北川選手を「記録や走りだけでなく精神的にも成長し、チームを引っ張っている」、清水選手を「言葉は少ないが、故障を乗り越え、黙々と努力をしてきた」と評する。

 「駅伝が好き」と話す北川選手は、10月の茨城国体の陸上3000メートルで県高校記録を更新。近畿大会では、中継地点まであと500メートルで4位だったが「諦めたらあかん」とラストスパートをかけ、2人を抜き2位に躍り出た。誰もが目標とする速さと強い精神力が、チームを支えてきた。

 一方、左膝の痛みや左足甲の疲労骨折などに苦しんだ清水選手は、練習に参加できない日々が続いた。「けがをしている間に置いていかれる不安があった」。体幹トレーニングなどを積んでフォームの改善に取り組んだ結果、けがも減り、北川選手のタイムに迫るエースにまで成長した。

 「自分のこの結果は悔しい」と涙をにじませた北川選手。「3年間、頑張った仲間と走れて良かった」とすがすがしい表情を浮かべた清水選手。さまざまな思いで駆け抜けた都大路を、2人は後にした。【菅健吾】

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