全国高校駅伝

男子・関大北陽、終盤健闘38位 女子・大阪薫英女学院、粘り強く14位 /大阪

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 22日に京都市内で行われた男子第70回・女子31回全国高校駅伝競走大会で、14年連続14回目の出場となる女子の大阪薫英女学院(摂津市)は2区以降、3人が区間1桁台で走って順位を上げ、1時間9分57秒の14位でフィニッシュした。目標の1桁台には届かなかったが粘り強さを発揮した。一方、男子の関大北陽(大阪市東淀川区)は序盤の遅れを懸命に巻き返し、2時間7分42秒の38位でフィニッシュ。3年ぶり7回目の挑戦はほろ苦い結果となった。

2人をかわしてフィニッシュした諏訪大樹主将(中央)=たけびしスタジアム京都で、松浦吉剛撮影 拡大
2人をかわしてフィニッシュした諏訪大樹主将(中央)=たけびしスタジアム京都で、松浦吉剛撮影

 ◆男子

 エース級が集結する1区を任された伊藤仁選手(3年)はジムで筋トレに励んできた。だが高速レースに対応できず、53位でたすきをつないだ。30分を切る目標も達成できず「予想以上に速かった。すべてつぶしてしまった」とうなだれた。「努力しただけ自信になる」と語る2区の泉龍之介選手(2年)は、自己ベストを出したが「後半にスピードが落ちた」と悔しがった。

 中盤と終盤、3年生が奮起した。3区の芝大輔選手は持ち味の安定感で、前の走者に張りつきながら7人抜き。「焦らず、自分の仕事をしようと切り替えた」。6区の春名竜治選手は「最初から飛ばしすぎたが、力は出せた」といい、区間14位の快走を見せた。

 4区の中西良介選手(2年)は「後半しんどくなった。もっと体力をつけて来年、都大路に戻る」と誓い、5区に起用された八木悠晟選手(2年)は「走り込みがまだまだ足りない」と課題を挙げた。

 米川和宏監督は「選手たちにとっては初めての都大路。精いっぱい頑張ったと思う。高速レースに対応できる力をつける必要がある」と話していた。【松浦吉剛】

フィニッシュ前2人抜く 諏訪大樹主将(3年)

 「たくさん応援に来ていただいた。前の選手が見えていたので、やるべきことをやった」。フィニッシュ前で2人をかわし順位を上げた。

 全国中学駅伝に出場した姉に刺激され、堺市立浜寺南中で陸上を始めた。だが、オーバーワークや痛みに耐える性格も重なり、主に左足のけがに泣かされ続け、やめようと悩んだ時もある。今春、歩き方からフォームを見直したところ、足腰の痛みがなくなった。

 主将として「夏まではやりたい個人種目に打ち込んで」と呼び掛けた。各選手の活躍でチーム力が向上し、個々の責任感も強まると考えたからだ。今秋、3年ぶりに府予選を制した。全国大会出場を決めた時の主将だけが着用できると受け継がれてきた白色ジャージー。毎日のように自宅で眺めたジャージーにやっと袖を通した時、笑顔がはじけた。

 OBで駒澤大3年の小林歩選手を「しんどくなってからの粘りがすごい」と尊敬する。小林選手からもらった鉢巻きを腰に巻き、5キロを区間20位で力走した。後輩には「都大路に毎年挑戦できるチームになって」とエールを送った。【松浦吉剛】

14位でフィニッシュする佐藤千紘選手=たけびしスタジアム京都で、木葉健二撮影 拡大
14位でフィニッシュする佐藤千紘選手=たけびしスタジアム京都で、木葉健二撮影

 ◆女子

 1、2年生主体で臨んだ大阪薫英女学院は、1桁台の順位を狙ったが14位に終わった。

 レースの流れを左右する6キロの1区。安なつ美選手(2年)は勝負どころと考えていた4キロから「余裕がなかった」とトップと1分11秒差の24位と出遅れた。安田功監督は「あそこで下がるとうちの力ではきつい」という。

 しかし、ここから徐々に順位を上げる。2区の岡村綾香選手(1年)は「いつもは緊張しすぎて最初からペースを上げすぎるが今日は落ち着いて入れた」と20位でつなぐ。3区の鎌田幸来選手(1年)は「とにかく前へ前へ」と区間7位で順位を上げて4区へ。

 順位の押し上げを期待された松室真優選手(2年)は区間6位で走ったが、想定していた15位以内でたすきをつなげずに16位。アンカーの佐藤千紘選手(3年)は、前半から積極的な走りで二つ順位を上げた。目標だった前回大会の記録から50秒ほど遅かったが、1時間9分台で踏ん張った。

 安田監督は「この順位をしっかり受け止め、何が足りないのかを考えて来年は上位争いをしたい」と語った。【荻野公一】

意地の区間9位「力全て出した」 佐藤千紘選手(3年)

 入学時に目標だった全国高校駅伝出場。初めて出場がかなった。5人の中で唯一の3年生は「力を全部出し切った」と区間9位の意地の走りを見せた。

 本格的に陸上を始めた高石市立取石中1年の時、大阪薫英女学院の初優勝を見て「自分もこの学校で走りたい」と入学を決めた。このとき、来年の東京五輪マラソンの日本代表に決定している前田穂南さん(23)は、メンバーの一人だった。しかし、出場はできず、高校時代は一度も都大路を走ることがなかった。

 佐藤選手も2年生まで登録メンバーの8人にエントリーされたが「(出場する)選手の争いには入っていなかった」という。前田さんに「可能性を感じた」と大きな支えになった。

 トラックで目立った記録はないが、ロードで長い距離が得意なのを期待されて起用された。前半から積極的に走って「中盤の粘り、押しが強み」と良さを生かし、安田監督も「いい仕事をしてくれた」と評価した。卒業後は大学で競技を続ける。全国規模の駅伝で活躍したいと希望を抱く。【荻野公一】

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