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相模原事件を考える~公判を前に

寛容さを失う社会で希望を見つけるために 作家の雨宮処凛さん

雨宮処凜さん=根岸基弘撮影

 「生産性」「自己責任」「迷惑」――。不寛容な言葉にあふれた今の日本社会を象徴する一つの出来事が、相模原市の障害者施設で元職員の植松聖(さとし)被告(29)が起こした殺傷事件ではないか。作家の雨宮処凛さん(44)はそう思いを巡らせる。寛容さが失われつつある社会の中で、それでも希望を見つけようと、雨宮さんは各方面の専門家らと対話を重ねている。【横浜支局・国本愛】

心のどこかで感じていた予兆

――事件が起きた時、どんなふうに感じましたか。

雨宮さん もちろん驚きはしましたが、「とうとう起きてしまったのか」と思いました。「障害者は不幸を作ることしかできない」という植松被告の言葉をテレビのニュースで見た時、言葉でぶん殴られたような衝撃を受けました。障害者やその家族が聞いたら、どれほど身を引き裂かれるか。遺族が聞いたら、もう一度殺されたような気持ちになるのではないか。耳を塞ぎたくてたまりませんでした。それでも、いつかこんな事件が起きるのではないか、心のどこかで予兆のようなものを感じていました。

――予兆とは。

雨宮さん 事件が起きる前から、生活保護バッシングや、「障害者が生きるのにこんなに税金がかかっている」などという言い方はありました。10年ほど前、ラジオ番組で貧困問題への対処を訴えると、20代の男性会社員から番組へファクスが届き、「利益創出人間以外は死んでください」と書かれていたこともありました。事件の後も、アナウンサーの長谷川豊氏がブログで人工透析患者について「自業自得」「全員実費負担にさせよ」などと書いたことがありました。医療費が増えたなどの報道から、社会保障費の破綻を懸念したことがきっかけだったようです。ただ、それよりずっと以前から、生産性がないと、利益を生み出さないと、存在しちゃいけないという空気はありました。そんな嫌な予兆が最悪の形で絡まり合って具現化したのが、あの事件だったと思います。

追い詰められた社会の悲鳴

――今年9月、事件を巡って専門家らと対話した著書「この国の不寛容の果てに―相模原事件と私たちの時代」(大月書店)を出版されました。

雨宮さん どんどん事件が風化していっていると感じたからです。私のまわりでも事件について話すと、「犯人の主張はどっか分かる、否定しきれない」という人もいて、話すこともはばかられるようになりました。それはすごくまずいことで、事件をきっかけに今の日本の空気のおかしさを焼き付けておかないと、もっとエスカレートしていくと思いました。少し前、わざと駅で女性を狙ってぶつかる男が話題になりました。それも数年たったら、いきなりぶん殴るようになるかもしれない。気がついたら自分自身の感覚も変わっていて、自然と人に対してものすごく冷酷になり、不寛容になっていくのではと怖くなりました。

――今の社会は、不寛容な言葉にあふれている、と著書では表現しています。

雨宮さん 今、みんながつらい状況にあると思います。生活保護バッシングや公務員バッシング、在日や障害者への差別、またマイノリティー性や弱者性がある人は何らかの支援の対象になり「特権」を得ているという視線。かたや自分は、こんな苦しい状況にあるのに誰のケアも受けられない。激しい競争社会で、負けたら自己責任で死んでくれと言われる。そんなマジョリティーが追い詰められすぎているのが、今の社会です。そこで生きなくてはいけないつらさの悲鳴が、不寛容な言葉に表れているんだと思います。

ひとつ間違えたら死ぬかもしれない

――植松被告に共感する一部のロスジェネ(平成不況のあおりを受けた就職氷河期世代)の背景には、「剥奪感」が垣間見えると指摘しています。

雨宮さん ロスジェネ世代のフリーターは、今でこそ社会構造の問題だと理解されていますが、それもここ10年くらいの話です。それまでは若者の心の問題として捉えられ、夢追い型、モラトリアム型とか、なぜ彼らは働きたがらないのかという分析しかなかった。社会も本人自身も「自己責任」だと思っていました。そんな中で、フリーターをしていた友達何人かは自殺しました。大勢の人が正社員として就職できない、結婚ができない、子どもが持てないという苦労をしてきた。今さら自分たちの奪われた感覚や屈辱は拭い去れないし、運が悪かったですませないでくれ、という気持ちがあります。私たちロスジェネ世代は「不景気だから」「財政難だから」を理由に切り捨てられてきた。植松被告の「国の借金が大変」だから誰でも無制限に助けるわけにいかない、そんな余裕はない、という言い分とロスジェネの剥奪感はどこか重なってしまう気もします。

国の予算がないから……

――植松被告はロスジェネ世代よりも後の世代になると思いますが。

雨宮さん むしろ彼の世代なんかは、私たちのような上の世代の厳しい状況を見ているので、ひとつ間違えたら死ぬかもしれないという緊張感や、絶対に競争社会で勝ち残らなきゃ、という切迫感が、私たち世代の比ではないと思います。私なんかは高校生の頃にバブルを経験しているので、最悪何があっても生きていける、食いっぱぐれることはないという意識が若い頃はありました。でも、彼の世代は小さい頃から、もし何かあったら簡単に路上生活になってしまうというのが、社会的空気としてすり込まれていると思います。彼は面会や手記で何度も「社会の役に立ちたかった」と言っているといいますが、まさに今の社会のいろんな圧力をそのまま直訳して真に受けたら、ああいう最悪の事件になってしまったということなのかもしれません。

――何か社会の役に立たないと…

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