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常夏通信

その24 74年目の東京大空襲(11) 二重に差別された戦争被害者 裁判所は救済せず

空襲で大きな被害を受けた名古屋市=1945年撮影

 1952年、日本はサンフランシスコ講和条約の発効によって主権を回復した。すると占領されていた時代に連合国軍総司令部(GHQ)が禁じていた元軍人・軍属や遺族に対し、年金の支給などの施策を進めた。現在までその総額は60兆円に及ぶ。

 戦争被害者に一時金支給などの戦後処理施策を行う際、国は決して「補償」という言葉を使わない。「補償」は損害などを与えた者が、被害者に補い償うものだ。日本政府はそういう立場をとらない。使うのは「援護」である。国策を誤り、国民に取り返しのつかない被害をもたらしたという歴史的事実を、読み取りにくい言葉だ。

 国は、民間人には「国と雇用関係になかった」と補償をしなかった。「差別だ」と感じた民間人たちによる訴訟がなされ、立法運動が高まった。それらを受けて、政府が引き揚げ者らに特別給付金を支給したことは、本連載ですでに見た。

 この施策によって、民間人の間でも政府による補償を巡り差別が生じた。無補償のままの民間人は二重に差別されたことになる。憤りや悔しさが増幅するのは必然であり、それがさらなる裁判闘争や立法運動につながるのは当然であった。

 たとえば名古屋大空襲の被害者たちだ。

 45年3月12日未明、200機の米爆撃機B29機が名古屋市中心部を襲い、500人以上が殺された。米軍はその後も、中部地方最大の都市で周辺に軍事施設が多かった名古屋に無差別爆撃を続けた。

 被害者たちは76年、国に慰謝料を求めて名古屋地裁に提訴した。元軍人らを救済しながら民間人はしないのは、法の下の平等を定めた憲法14条に反する。またそうした法律を作らない立法不作為は違法、という主張であった。

 判決は80年。同地裁は原告の訴えを退けた。元軍人・軍属には国の使用者責任があることなどから、民間人を補償から除くことは不合理ではない、という論旨であった。国の言い分に軍配を上げたのだ。

 ただ判決当時30年以上も十分な補償を受けずに苦しんできた民間人被害者に対して「国家補償」の精神に基づき広範な援護措置の必要性を指摘した。

 この先、戦争被害者による国賠訴訟が続く。すべて敗訴なのだが、多くの判決が被害の事実を認める。救済の必要性を指摘する判決もある。しかし救済をするかしないか、するとすればどうやって行うのか決めるのは立法府、と言い添える。この先、本連載でしばしば出てくるこの「立法裁量論」をここで確認しておこう。原告は名古屋高裁に控訴するも、83年に棄却された。

 原告は上告し、最高裁は87年6月26日、判決を言い渡した。原告敗訴が確定した。

 判決文の概略を見よう。

 まず「国会議員は、立法に関し、原則と…

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栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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