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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

インタビューに答える陸上女子競歩の岡田久美子=東京都豊島区で2019年10月9日、根岸基弘撮影

Passion

「日本最速」への転機は体重制限との決別 競歩女子・岡田久美子

 2020年東京五輪の陸上女子20キロ競歩で日本勢初のメダルを狙うのが、日本記録保持者の岡田久美子(28)=ビックカメラ=だ。19年の世界選手権ドーハ大会では、この種目で日本勢過去最高の6位入賞を果たした。「東京五輪のメダルに、大分近づいてきた」。明るく笑顔を見せる日本のエースだが、高校時代は女子長距離選手に目立つ「太る」ことへの不安から体に変調をきたした時期もあった。自分と向き合い、葛藤を乗り越えて成長を遂げ、勝負の年を迎える。【新井隆一】

競歩を始めた熊谷女子高1年時の岡田久美子

スピードを出すほど「きれいな動き」

世界選手権女子20キロ競歩で、給水しながらコースを周回する岡田久美子(手前)と藤井菜々子=カタール・ドーハで2019年9月、久保玲撮影

 埼玉県出身の岡田は小学生の頃、かけっこが大好きでマラソン大会ではいつも一番だった。埼玉・上尾東中では全国大会に出場し、全国高校駅伝出場を目指して強豪の熊谷女子高(埼玉県熊谷市)に進学。そこで、陸上部の顧問に競歩への転向を勧められた。「顧問の先生から『スピードを出せば出すほど普通はフォームが乱れるが、岡田はきれいな動きになる』と言われた」。同校は競歩も伝統的に強く、「私も向いているかもしれないと思い、先輩と同じように(日本)代表クラスに行けるのではと希望を持った」と振り返る。

 だが、ここからいばらの道が始まった。当時の専門は3000メートル競歩。長距離種目は、体重が軽い方がスピードが出て有利になるとされる。自他共に認める「負けず嫌い」な性格の岡田は速くなりたい一心で、白米をあまり食べないなど食事を制限するようになった。「体重を一日中、気にしていた。食事を我慢することが努力ととらえていた」

陸上の世界選手権ドーハ大会女子20キロ競歩で、フィニッシュ後に笑顔を見せる6位の岡田久美子(右)と7位の藤井菜々子=カタール・ドーハで2019年9月、久保玲撮影

過度な節制 一時は体重38キロに

 食事をした直後に体重が増えるのは当然だが、体重計に乗っては激しく落ち込み、次の食事まで必死に体重を落とそうと動き回ることを繰り返した。母親が作る昼食の弁当を捨てたことさえあったという。少しふっくらした選手を見ると、「あの子はまだ努力できる」と周囲にも厳しい目を向けて、自らの節制した生活を正当化した。

 しかし、摂取するエネルギーが不足したり、体重制限で体脂肪が減少したりすると、無月経や月経不順が誘発される可能性がある。さらに無月経は骨量の減少を招き、疲労骨折や骨粗しょう症につながる恐れもある。岡田も陸上女子の長距離種目で長年懸念されている悪循環に陥り、月経が止まった。身長は現在(158センチ)と同程度だったが、体重は最も軽い時で38キロまで痩せた。「(悪循環は)分かっていたけど、今の自分しか見えていなかった」。大会前になると、不思議と調子が戻り、全国高校総体は2連覇したが、けがに悩まされてきた。

人生のどん底 復活のカギは……

 そんな生活に転機が訪れたのは、立教大への進学後だった。周囲から体を心配され、専門の距離が20キロに伸びたこともあり、「体がもたない。このままではいけない」と気づいた。1日3食をきっちり食べると、「止まらない勢いで脂肪がついた。急いで女性の体になろうとしている自分がいた」という。体重が増えると、高校時代の自己記録さえ破れなかった。大学2年時に出場したユニバーシアードも振るわず、聞こえてきたのは陸上関係者の容赦ない陰口だった。「太ったね」「岡田はもう厳しい」「高校までの選手だった」――。人生のどん底だった。

 それでも、岡田の心はぶれなかった。再び食事制限をしたくなる欲求を抑え、女性ホルモンの変化や基礎体温を測る重要性などを勉強して気持ちを整理した。当時、日本女子競歩界を引っ張った川崎真裕美、大利久美、渕瀬真寿美が五輪や世界選手権に挑む姿を録画し、テープがすり切れるぐらい何度も、何度も見た。「私も絶対、あの場所に立つんだ」。立教大の指導者から「今はそれでいいんだ。将来世界のトップを目指せる選手に必ずなるから」と連日のように励まされたことも大きな支えとなった。

 次第に健康な体を取り戻し、14年にビックカメラに入社。2年目の15年から会社の取引先である縁で、健康計測機器メーカー「タニタ」(本社・東京都)やそのグループ会社の協力を得て、理想の体づくりに励んだ。同社の体組成計できめ細かにコンディションを把握。ヘルシーメニューを提供する社員食堂で有名な同社から「米の量を何グラム増やした方がいい」などと、食事面のアドバイスも受けた。「タニタにお願いし、エネルギーが足りていないと気づかされ、食べる量が増えた。貧血持ちも改善され、練習と栄養、休養のトライアングルがうまくできた」と効果を口にする。

世界選手権6位入賞 東京五輪でメダルを

 すると、レースで飛躍的に結果が上向いた。15年から日本選手権を5連覇。世界大会も15年世界選手権北京大会、16年リオデジャネイロ五輪、17年世界選手権ロンドン大会に出場し、19年は世界選手権ドーハ大会の6位入賞に加え、5000メートル、1万メートル、20キロで日本新記録を樹立した。ドーハ大会では、気温30度超、湿度70%超の過酷な条件の中で、たくましく歩き抜いた。「遠かったトップの選手が大分近づいてきた。(東京五輪での)目標の表彰台はぶれていないです」。「高校までの選手」と陰口をたたかれた姿は過去のもの。日本競歩史上最速の女性ウオーカーに上り詰めた。

 ドーハでは、男子で20キロの山西利和(愛知製鋼)、50キロの鈴木雄介(富士通)がともに金メダルを獲得し、「競歩王国」となった日本。右肩上がりの成長曲線を描いてきた日本女子のエースは20年夏、札幌でのメダル獲得を視界にとらえている。

新井隆一

毎日新聞大阪本社運動部。1977年、東京都生まれ。2001年入社。大阪運動部、松山支局、姫路支局相生通信部を経て、07年秋から大阪、東京運動部で勤務。リオデジャネイロ五輪、陸上世界選手権(モスクワ、北京、ロンドン)、ラグビーワールドカップ(W杯)ニュージーランド大会などを取材。高校野球の監督経験もある。