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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

倉橋香衣さん(中央)=東京都品川区で、小川昌宏撮影

パラアスリート交差点

車いすラグビー・倉橋香衣「楽」 体調不良で離脱も「見て、学ぶ」貴重な時間に

 2020年が幕を開けました。東京パラリンピックの年です。できないプレーを一つでもなくしたいので、日々練習です。とにかく体を動かしたい。

     19年は体調不良に悩まされ、夏以降は日本代表から外れました。17年の初選出以来、長期離脱は初めてでした。楽しい話をしたいのですが、車いすラグビーについては正直難しい。ただ、プレーから離れたことで視野を広げることができたのは、収穫だと思っています。

     コートの外から試合や練習を見学することで、同じクラス(0・5点)の選手だけでなく、コート全体のプレーを見渡すことができました。プレー中にはできないことです。所属するクラブチームの「ブリッツ」ではヘッドコーチの横に座り、他選手のプレーに対する意見をじっくりと聞きました。

     15年から競技を始めた私は経験不足もあり、試合中に迷いが生じ、アイデア不足を痛感することがありました。もっと戦術の理解を深めなければならないので、「見て、学ぶ」時間は貴重だったと思います。

     あっという間に時間が過ぎる濃密な19年でしたが、やっぱりゲームが、プレーが好きやから、悔しさがあります。こういう状況になったことをあれこれ言っても仕方がないので、こういう時間を大切なものにしたい。改めてプレーやトレーニング方法、戦術について考えを巡らせる機会になったと思います。

     東京パラリンピックに向け、1月から毎月、代表合宿や大会があります。3月に東京で行われるジャパンパラ大会で日本代表として試合に出られるよう、体作りを進めています。19年11月に少しずつ実戦練習に復帰。久々の車いすラグビーは本当に楽しかったです。コンディション不良の間はずっと、1人で車いすをこいだりしていたので、余計にそう感じました。年末の日本選手権でも短時間ですがプレーでき、着実にステップアップしている実感を得ました。

    車いすラグビーの倉橋香衣選手は2020年の一文字に「金」と書いた

     視野を広げることができた19年が終わり、20年へ。状態が万全になるよう努めてきて、もう不安はありません。楽しむことに集中したいと思います。やっぱり動くのが一番。車いすラグビーを存分に楽しみたい。その先に、東京パラリンピックが待っています。

    パラリンピックイヤーになりました。今年の抱負を漢字一文字に込めてください。

     「金」です。車いすラグビー日本代表は東京パラリンピックでの金メダル獲得を目標に掲げ、2016年リオデジャネイロ・パラリンピック後の4年間を過ごしてきました。金メダルが取りたくて仕方がないです。負けるのだけは絶対に嫌。その思いは、日本代表の選手みんなが共有しているはずです。「健康第一」も大事にしたいです。昨年はいろいろと大変だったので、痛切に思います。年越しの瞬間にジャンプをしてしまうような父ら愉快な家族も応援してくれているので、全力で頑張ります。

    くらはし・かえ

     神戸市出身。小学1年から高校までは体操に取り組み、文教大でトランポリンに転向。大学3年だった2011年、トランポリンの練習中に頸髄(けいずい)を損傷し、鎖骨から下の多くの機能を失った。15年から本格的に車いすラグビーを始め、18年世界選手権で日本の初優勝に貢献。29歳。