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東京へ ともに歩む

毎日新聞

高桑早生=前橋市の正田醤油スタジアム群馬で、久保玲撮影

パラアスリート交差点

陸上・高桑早生「その先へ」 義足との「対話」を見直す

 2019年11月の世界選手権で100メートルと走り幅跳びに出場しましたが、東京パラリンピック代表の内定条件(4位以上)を満たすことができませんでした。100メートルは自分の日本記録より0秒28遅い13秒71で予選敗退し、走り幅跳びは6位。考えなくてはいけないことが増えて大変ですが、改良できないとは思いません。先を見過ぎず、自分と向き合い、目の前のことをコツコツとこなしていきたいと思います。

     私は不安を抱えた状態で世界選手権を迎えてしまいました。その不安の種の一つが、義足の調整です。パラ陸上では選手の体と用具の融合が欠かせません。しかし、私は自分の「形」にしきれず、大事な時にぼろが出てしまいました。

     正直なところ義足の調整について、目を背けていた面がありました。もちろん義足はとても大切ですが、それ以上に自分の体を動かすトレーニングを優先してきました。あくまで競技をするのは私。義足の扱いにたけているという自負もありました。

    陸上の高桑早生選手は2020年の一文字に「新」と書いた

     実際は、義足の扱いについて十分に理解していませんでした。考えが及ばず無頓着でした。自分の脚と「対話」してきたつもりでしたが、一方通行だったのかもしれません。そのような状況では義足も良い反応を見せてはくれません。選手が心地よいと感じることが、速く走るために適切な調整とは限らないのです。

     世界選手権後、義肢装具士やコーチと意見を交わしながら調整を進めています。義足で陸上に取り組んでいると、新たな技術を身に付けようとする時に恐怖を感じることがあります。過去に経験した痛みなどが原因となる場合もありますが、リミッターを外すことができるかどうかもポイントになるでしょう。

     20年が始まりました。後悔しないよう過ごしています。自己ベストを出すことは永遠のテーマです。東京パラリンピックの出場権を得て、最高のパフォーマンスを発揮したい。そして、20年のその先へと向かうための、良い流れを作りたいと思っています。

    パラリンピックイヤーになりました。今年の抱負を漢字一文字に込めてください。

     一皮むけて、ブランニュー(まっさらな)早生ちゃんになりたいので「新」です。東京パラリンピックをきっかけに、日本のパラスポーツの新たな時代が開き、新たな選手の台頭も活発になってほしいとの思いも込めました。

     陸上競技の会場となる東京・国立競技場も新しくなったので、楽しみです。2021年には神戸市で世界選手権が開催されます。日本にとって良い流れが続くと思います。パラスポーツがもっと盛り上がってほしい。この1年を大事に過ごしたいです。