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東京へ ともに歩む

毎日新聞

車いすバスケットボール男子の4カ国対抗戦「ワールドチャレンジ・カップ」の韓国戦で前線にパスを出す鳥海連志(左)=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年9月1日、藤井達也撮影

パラアスリート交差点

車いすバスケットボール・鳥海連志「やってみる」 海外勢のレベルアップに危機感

 タイで行われたアジア・オセアニア選手権(2019年11月29日~12月7日)は4位に終わりました。優勝して8月に開幕する東京パラリンピックに流れを引き寄せることを思い描いていただけに、率直に危機的状況だと感じています。

     個人的にも出来は良くなかったです。成績も通常の大会での平均値を下回っていました。例えば、フリースローの成功率。大会を通じてシュートに良い感触を得られないままで、波に乗れませんでした。

     他国の成長も実感しました。2015年大会の3位決定戦でリオデジャネイロ・パラリンピック出場権を争った韓国(結果は80―56で日本の勝利)は、今大会で準優勝しました。以前なら車いすの操作やシュートといった基本技術は日本の選手の方が高く、相手のエース格の選手を止めていれば勝てた試合が多かったように感じます。それが今大会では技術的なレベルの高さを思い知りました。「東京パラリンピック本番じゃなくてよかった」とは言っていられません。東京パラリンピックまでに、どれだけ練習の量をこなし、質も高めていくか。それを突き詰めていくことしか飛躍への道は残されていないと思います。

     新年のあいさつをすると、いろいろな人に「大事な年だね」と声をかけられます。僕だけじゃなくて周囲の人々の関心も東京パラリンピックに向いていると感じるので、うれしいです。

     6日に発表された東京パラリンピックの公式ポスターでは、写真家で映画監督の蜷川実花さんが僕をモデルにした作品を手がけてくれました。蜷川さんにお会いしたのは初めてでしたが、気さくに話しかけてくれて、ポスター用の撮影は楽しく進みました。家族や友人は驚いていたようです。こうした活動を通じて僕や車いすバスケットボールが注目されることについて、プレッシャーは感じません。「東京パラリンピックに向け、一緒に盛り上がれる」とポジティブに捉えていますね。

     パラリンピックが近づいている、という実感は初出場したリオの時よりも強いです。当時の僕は高校生で、日本代表の選手やスタッフの皆さんは「東京に向けて成長してくれ。自由にやって連志が感じるままにやってみな」とサポートしてくれました。僕よりもうまい選手ばかりだったので、リオ代表に選出されたときは驚きしかなく、実感がなかなか湧かなかったというのが正直なところです。

    車いすバスケットボールの鳥海連志選手が今年の抱負を込めた漢字「異」=東京都千代田区で2020年1月14日

     ただ、今は違います。リオに出場させてもらって次の東京に出られないというのは、あり得ないこと。リオが終わってからずっと東京を意識してきました。僕にとって東京パラリンピックは「出たい」ではなくて「出ないといけない」ものなので。

     アジア・オセアニア選手権を通じて、僕たちに足りないものが多いことを痛感しました。日本の持ち味は攻守の切り替えを素早く行う「トランジション・バスケット」。試行錯誤しながら、その良さを磨いて勝負していきたい。「メダルを取りたい」という目標ばかり追うのではなくて、目の前の課題をクリアすることが何より大事なことだと思っています。

    パラリンピックイヤーになりました。今年の抱負を漢字1文字に込めてください。

     「異」です。異には「オンリーワン」という意味もあると思っています。東京パラリンピックでも自分にしかできないプレーを見せて、会場の皆さんを楽しませることができればいいですね。

     自国開催の東京パラリンピックでは、家族や友人に自分のプレーを生で見てもらえる機会が多くなると思います。年末年始は1週間ほど、長崎の実家で過ごしました。今回は家族との時間を多く過ごそうと考えていたので、両親や兄、妹と一緒に買い物に出かけました。

    ちょうかい・れんし

     長崎市出身。手や脚に先天性の障害があり、3歳で両膝下を切断。中学1年で車いすバスケットボールを始め、高校1年で日本代表入りした。2016年リオデジャネイロ・パラリンピック代表。17年のU23(23歳以下)世界選手権でベスト5(優秀選手)に選ばれた。WOWOW所属。20歳。