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阪神大震災直後 生きる姿を記録に 写真集「この街忘れまじ」 兵庫・三田の写真家

「被災地で人々が生きる姿を記録したかった」と話す武本俊文さん=兵庫県三田市桑原で、粟飯原浩撮影

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 兵庫県三田市桑原の郷土写真家、武本俊文さん(73)が、阪神大震災直後の三田や神戸・三宮周辺を撮影したスナップ466枚を収録したCD写真集「あれから25年 この街忘れまじ」を作成した。がれきが積み上がる街を行き交う人、大荷物を載せた自転車やバイク、復旧を急ぐ作業員――。モノクロ写真は、粉じんで鉛色だった当時の被災地を思い起こさせる。「四半世紀たち、もう発表していいと判断した」という。希望者には送料も含めて無料で配布する。

 武本さんは、鳥取県倉吉市出身。高校卒業後、国内外を旅して写真を撮り、本土復帰直後の沖縄も記録した。1979年に三田市に転居し、ライフワークとして変貌する三田のまちをカメラに収め続けた。

がれきの山の中でうごめく重機=「この街忘れまじ」より

 95年1月17日、大きな揺れに跳び起きた。家族の無事を確認した後、カメラを手にJR三田駅へ向かい瓦や窓ガラスが割れた周辺の建物や、連絡を取ろうと駅の公衆電話に並ぶ利用客らの姿を捉えた。帰宅後、ラジオニュースで神戸で大きな被害が出ていると知り、「記録しなければ」と焦った。鉄道などを使って21日に三宮へ向かった。

まち行く人にはリュックや大荷物を抱える姿が目立った=「この街忘れまじ」より

 まちを切り取る写真には構図に必ず人を入れてきた。訴えるものが全く違ってくるからだ。しかし、被災地を撮影するのには勇気がいった。「誰かに記録撮影を頼まれた訳ではない。不幸のまっただ中で写真を撮る後ろめたさがあった」と振り返る。

 撮影場所を繁華街の三宮や元町周辺に絞り「人の不幸を前面にした写真は撮らない」と心に決めた。避難所や火災のひどかった地域には行かず、花を手向ける人、泣き崩れている人にはレンズを向けなかった。延べ6回出向き、24枚撮り白黒フィルムを22本使った。最後に出向いた31日の日記には「1カットもとれず」とあるが、理由は記憶にない。

 毎年1月17日が近づくたび、写真展を開こうか迷った。撮影した466コマの中から25コマを選んでいた。しかし、ネガを見直すたび「まちの不幸を写真展として見せびらかしていいのか」と気がとがめた。25年の節目を前にした2019年12月のある夜、「全カットを見てもらおう。写真に写った人への恩返しにもなる」と思い至った。

 すぐにCD1枚に収まるようネガを電子データ化したものの、悩んだのがCD写真集のタイトル。震災の記憶が薄れていくのは気がかりだが「風化」「語り継ぐ」といった言葉は使いたくなかった。考え抜いた末に「この街忘れまじ」と付けた。「ジャーナリストでもない私が記録した被災地の断片。何かを感じ取ってもらえれば」と静かに話す。

 配布希望者はメール(takemoto−m35@gaia.eonet.ne.jp)で受け付け。2月1日締め切り。【粟飯原浩】

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