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阪神大震災25年

高度成長を遂げた大都市をマグニチュード7・3の地震が襲い、6434人が死亡、二十数万棟の家屋が全半壊した阪神大震災が、2020年1月17日で発生から25年を迎えた。

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阪神大震災25年

クスノキ成長、支えに 息子の優しさ思い/生きた証し、碑に刻む 除幕式、母いとおしそうに

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墓前に植えたクスノキを見守る坂本秀夫さん=兵庫県養父市で2019年11月26日、阿部絢美撮影
墓前に植えたクスノキを見守る坂本秀夫さん=兵庫県養父市で2019年11月26日、阿部絢美撮影

 あの日から四半世紀を迎えた。犠牲者の名が新たに刻まれた碑。歳月の長さを感じさせるかのような、亡くなった息子の背丈を超えた樹木。残された人たちが、それぞれの形で「生きた証し」を確かめ合い、明日に向けて歩み始めた。

クスノキ成長、支えに 双葉が背丈5メートル 息子の優しさ思い

 兵庫県養父市の山あいにある墓地に、1本のクスノキがある。阪神大震災(1995年)で亡くなった当時神戸大工学部3年の坂本竜一さん(当時22歳)の父秀夫さん(74)が、20年前に植えたものだ。わずか5センチだった芽はどんどん成長し、息子の背丈を超え、今は約5メートルの立派な姿に育った。息子の最期の様子を知って動揺した時も、この木が生きる支えとなってくれた。17日の朝、クスノキの幹に手を当て、改めて誓った。「これからもしぶとく生き続けるよ」

 「関東は地震が多いから近畿で探してな」。95年1月16日の夜、秀夫さんの社宅に近い兵庫県明石市の焼き肉店で、父と子で酒を飲みながら話した。就職活動を控えた時期なのに、竜一さんは「何したらいいかな」と言うばかりだった。午後9時ごろ、近くの駅まで送った。翌朝、竜一さんは神戸市灘区六甲町の木造アパートで被災。2日後、アパートの焼け跡で見つかった。遺骨を素手で触った時の「40度の風呂に手を突っ込んだよう…

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