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没後200年・伊能忠敬を歩く

2018年は伊能忠敬が没して200年。ゆかりの地を記者が訪ねました。

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没後200年・伊能忠敬を歩く

/19 宮城県大崎市、栗原市 快適な旧道、力石で一休み

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なだらかな山道を行く旧奥州街道=宮城県栗原市で2020年1月19日、広瀬登撮影
なだらかな山道を行く旧奥州街道=宮城県栗原市で2020年1月19日、広瀬登撮影

 古川宿(宮城県大崎市)を1800年6月21日午前8時ごろに出発した伊能忠敬率いる測量隊は有壁(ありかべ)宿(同県栗原市)に向かい、約42キロの道のりを北に歩き始めた。「測量日記」の記録によると、朝方は霧が深かったものの午前10時ごろには晴れ間が広まった。

 北上川の支流である江合(えあい)川を渡り古川宿を後にすると、奥州街道は荒谷(あらや)宿(大崎市)を経て高清水宿(栗原市)に入る。ここから築館(つきだて)宿(同)に通じる街道の途中、江戸時代に近い姿で残る区間があると知り、1月中旬、同地に足を運んだ。季節は違えど、伊能隊が踏みしめた大地や、吸った空気を追体験したいと期待を膨らませる。

 JR古川駅前ロータリーから栗原中央病院行きの栗原市民バスに揺られること約40分。伊藤ハムの大きな工場を過ぎて間もなく、国道4号沿いの「欠屋敷(かけやしき)」のバス停で降りる。運賃は100円。市民バスのため安い。目の前を轟音(ごうおん)を立てて大型トラックが行き交い、「現代の奥州街道」といえる同国道が東北の物流の大動脈であることを再認識する。

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