特集

カルチャープラス

カルチャー各分野をどっぷり取材している学芸部の担当記者が、とっておきの話を報告します。

特集一覧

舞台縦横ときどきナナメ

神田松之丞にはピカレスクがよく似合う 講談「畔倉重四郎」連続読みで気を吐く

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
「畔倉重四郎」を読む神田松之丞=橘蓮二撮影、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)提供
「畔倉重四郎」を読む神田松之丞=橘蓮二撮影、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)提供

 講談師は東西合わせて約80人という。900人以上といわれる落語家の1割にも満たない。一龍斎貞鳳が「講談師ただいま24人」を出版したのは1968年。その2年後、70年に入門した神田松鯉(しょうり)は「沈滞の底で“講談決死隊”と呼ばれていた」と明かしている。マクラでは「絶滅危惧種」との自嘲もよく聞かれた。つい最近までは、江戸から明治にかけての隆盛はいったいどこへ、という感じだったのだ。

 ところが、である。彗星(すいせい)のように現れた風雲児、神田松之丞がそんなマイナーなイメージを大きく塗り替えつつある。2月11日には落語芸術協会の真打ちに昇進し、講談の大名跡である伯山の六代目を襲名する。

 昇進・襲名を目前に控えた1月4~15日には東京都豊島区東池袋4のあうるすぽっとで、「畔倉重四郎(あぜくらじゅうしろう)」完全通し公演で気を吐いた。「講談は連続物」と常々口にしている松之丞。前夜祭に加え、全19席を5日間連続(A、B日程の2回実施)で読むという、昨年の「慶安太平記」(あうるすぽっと)に続くなんとも挑戦的な企画である。

 名奉行大岡越前をして「こいつらだけは許せない」と言わしめた大悪党の一人が畔倉重四郎。19席を通して11人を殺す希代の悪党だ。前夜祭から通して6日間聴いた。「悪事の馴(な)れ初(そ)め」から「重四郎服罪」まで、息をもつかせぬドラマチックな展開、躍動する多彩な登場人物に、飽きることも疲れも感じることなく酔いしれた。

 殺気とすごみ。滑稽(こっけい)も名人譚(たん)もいいが、やっぱり、松之丞にはピカレスクがよく似合う。

 重四郎は父親ともども世話になった幸手宿の商家の主・穀屋平…

この記事は有料記事です。

残り846文字(全文1546文字)

あわせて読みたい

この記事の筆者
すべて見る

ニュース特集