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東京へ ともに歩む

毎日新聞

瀬戸大也(中央)と妻優佳さん(左)に栄養指導をする栗原秀文さん=2019年4月、味の素提供

Together

「世界記録目指す」競泳・瀬戸大也の栄養戦略

 好調の秘密は食にある。東京五輪で金メダルの期待がかかる競泳男子の瀬戸大也(25)=ANA=が大会中、1日に摂取するのは約4200キロカロリーで、一般男性が必要とされるエネルギー量約2200キロカロリーの倍だ。「強くなるため絶対に欠かせない」。妻優佳さん(24)の手料理に加え、毎日のコンディションを管理し、栄養指導を徹底する「チーム瀬戸」の存在がある。日本競泳界のエースに飛躍した軌跡を追った。【村上正】

     2019年7月に韓国・光州で開かれた水泳世界選手権。瀬戸のスケジュールは分刻みだった。起床、朝食、ウオーミングアップ、選手村出発、昼休憩……。食事や補食のタイミングも加わり、目安とする炭水化物、たんぱく質の摂取量が細かく記されていた。

    水泳世界選手権の男子400メートル個人メドレー決勝を制して喜ぶ瀬戸大也=韓国・光州で2019年7月28日、宮武祐希撮影

     「今からヨーグルト食べます」。瀬戸は、LINEでメッセージを送る。送信相手は栗原秀文さん(43)。「味の素」のオリンピック・パラリンピック推進室シニアマネジャーで「チーム瀬戸」の中心人物だ。食べたモノと時間を共有するため、細かなやりとりを繰り返す。

     食のスケジュールはその日の出場レースに合わせ、栗原さんが考える。特徴は「ちょこちょこ食い」。3食の量はほぼ同じだが、エネルギー源を保つため、ゼリー飲料やアミノ酸サプリメントなど計15回の補食を加え、約4200キロカロリーを摂取した。複数種目に出場する瀬戸が長丁場の大会で体重を落とすことなく、ベストコンディションで臨むためだった。

     瀬戸は結果で応えた。大会中、体重75キロに大きな変化はなく、4種目計9レースをタフに泳ぎ切った。個人メドレー2種目で金メダル、200メートルバタフライでも銀メダルを獲得。1年後に迫った東京五輪に大きく弾みを付けた。

    瀬戸大也(右)に栄養指導を行う栗原秀文さん=フランス・カネで2019年6月、味の素提供

    究極の面倒くさがり屋

     「ダメっす。全然元気が出ず、ピリッとこない」

     4年前の瀬戸の姿だ。16年リオデジャネイロ五輪開幕の半年前、栗原さんは五輪代表を決めていた瀬戸と競技会で会ったが、その表情はさえなかった。話を聞くと、朝食はジャムをぬったトースト1枚にヨーグルト。メダルを狙う400メートル個人メドレーで「体を軽くすれば水の抵抗も少なくなる」と効率良く泳ぐことを考え、ダイエットしていたのだ。エネルギー不足で練習し続けたため筋肉は分解され、一般男性と変わらないほど筋肉は落ちていた。

    リオデジャネイロ五輪の直前合宿では、こまめな補食を取るよう、サプリメントなどを並べた=ブラジル・サンパウロで2016年、味の素提供

     「車はガソリンがないと止まるけど、人間は筋肉を壊してガソリンに変えて動き続ける。ボディーが軽い効率の良いハイブリッドカーがスーパーカーに勝てるのか?」。栗原さんはそう説いた。主食、主菜、副菜、乳製品、汁物……。基本的な食事の取り方から教えた。しっかりした筋肉を付け、最後まで泳ぎ切る体作りを目指し、「チーム瀬戸」の取り組みが始まった。

     16年3月。スタートして2日後、「全然調子が違う」と瀬戸に持ち前の明るさが戻った。栗原さんいわく「究極の面倒くさがり屋」だった瀬戸の意識が変わる。朝食からしっかりと食べるようにし、練習前後のサプリメントも準備した。

     瀬戸は日々の体重や体脂肪率、泳いだ距離、練習の強度などをメモして送る。受け取った栗原さんはグラフ化する。ハードな練習に対して食事が取れているか。オフも含めて継続することで状態は透けて見えるという。「風邪をひきそうだ」「この日は飲み会だったな」。生活の乱れ、疲労具合、メンタルの状態も把握できるようになった。

    「今が伸び盛り」の理由

     栗原さんには信念がある。「自分のように失敗してほしくない」。フィギュアスケート男子で五輪2連覇の羽生結弦(25)=ANA=をはじめ、アスリートの栄養サポートに携わってきた。選手に寄り添う姿勢は自らの体験に基づく。

    「チーム瀬戸」の中心メンバー、栗原秀文さん=東京都内で、2019年11月14日午後6時5分、村上正撮影

     広島カープに憧れた野球少年で、東京六大学野球の名門・立教大に進むと、捕手として2年生でベンチ入りした。春先は調子が良いものの、夏を過ぎれば「同じバットがこん棒のように重い」。毎年、シーズン後半は下降線をたどった。悩んでも答えは出ない。筋力トレーニングで体は鍛えたが、栄養管理は無知だった。浮上のきっかけをつかめないまま大学で競技を終えた。

     1999年に味の素入社後、名古屋支社で営業をしていた栗原さんは休日を利用し、東京六大学野球が開催される神宮球場に通った。「スポーツで生きていきたい」。夢の実現に向け、出入りするトレーナーやスポーツドクターらに名刺を配って回り、アスリートの体や食について学んだ。

     入社6年目で東京へ異動。03年から日本オリンピック委員会(JOC)と味の素が共同で始めた選手の栄養をサポートする「ビクトリープロジェクト」に加わった。勉強会を開き、食をトレーニングの一環とする意識をスポーツ界に植え付けてきた。

     15年カザン世界選手権から競泳の日本代表チームに同行。各選手の体調を管理し、栄養戦略を伝えてきた。悩む選手には継続して手を差し伸べる。瀬戸はリオ五輪男子400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得したが、目標の世界一には届かなかった。帰国前のリオの選手村。瀬戸から「東京で金メダルを取りたい。これからもサポートしてほしい」と頼まれた。

     リオ五輪後に瀬戸は結婚。「チーム瀬戸」に加わった妻優佳さんにレシピを提供するなどその輪は広がり、今年で5年目に入った。瀬戸の表情は明らかに違う。「今が伸び盛り」と自信を持って練習に打ち込み、世界王者としての風格が漂う。昨年末には短水路(25メートル)の男子400メートル個人メドレーで3分54秒81の世界新を樹立。今年初レースとなった1月の男子200メートルバタフライでは、世界歴代3位の1分52秒53の日本記録をマークした。

     栗原さんは言う。「自分の仕事はいつも元気で選手が朝を迎えること。それが一番で、『五輪の金メダルのため』なんて言うのはおこがましい」。陰の立役者は謙虚に見守っている。

    瀬戸大也の強さを支える食

    村上正

    毎日新聞東京本社運動部。1984年、神戸市生まれ。2007年入社。舞鶴支局、神戸支局を経て、大阪本社社会部では府警などを担当。東京運動部では17年4月から水泳やサーフィンを担当。16年リオデジャネイロ五輪を取材した感動から、長女に「リオ」と命名した。