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東京へ ともに歩む

毎日新聞

5年ぶりにソフトボール日本代表に復帰した北京五輪金メダリストの峰幸代=沖縄県読谷村の読谷平和の森球場で2019年12月13日午前11時13分、細谷拓海撮影

Passion

「育ての親」と目指す東京五輪 ソフトボール峰幸代 

 一度は競技を離れた2008年北京五輪の金メダリストが、第一線に戻ってきた。ソフトボールの峰幸代(ゆきよ)捕手(32)=トヨタ自動車=が19年末に約5年ぶりに日本代表に復帰。「自分の夢、目標を失わないという気持ちを信じて良かった」。エースの上野由岐子(37)=ビックカメラ高崎、主将の山田恵里(35)=日立=と同じく北京五輪のレジェンドは、「育ての親」と慕う宇津木麗華・日本代表監督(56)への感謝を胸に、今夏の東京五輪代表入りに向けた最後のアピールを続ける。

    北京五輪で上野由岐子(右)とバッテリーを組んだ峰幸代=北京市の豊台ソフトボール場で2008年8月20日、平田明浩撮影

     千葉・木更津総合高から06年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)入り。当時、チームを率いていたのが宇津木監督だった。「捕手は守備の監督」と諭され、「サイン一つの責任の重さや、投手の持ち味を最大限に引き出す重要性を教わった」と峰。試合が終われば「なぜ打たれたのか」「ボールになった1球は本当に必要だったのか」と1球ごとに細かく考えることを求められた。

     厳しい指導を受けて捕手としての力を磨きつつ、1年目から打率3割9分4厘をマークしてリーグ新人賞を受賞。北京五輪はチーム最年少で日本代表に選ばれた。当時の所属チームの先輩で、エースの上野が一人で413球を投げ抜いた決勝までの3試合で全て先発出場。決勝で4大会連続の優勝を狙っていた米国を破り、金メダルを手にした。

     監督の示す細かな戦略への高い理解度と、打者の構えに応じた絶妙な配球は、宇津木監督も「本当に完璧」と舌を巻くほど。12、14年には日本代表監督に就任していた宇津木監督の下で世界選手権連覇に貢献した。

     ただ、チームがビックカメラ高崎に移管される15年を前に14年限りで現役を引退した。「世界選手権や五輪を経験して、結構おなかいっぱいになったというところもあって。新しい会社に移るタイミングだったので、一回休む時期かな、と」。各地でのソフトボール教室や東日本大震災の復興支援活動などに携わりつつ、指導者資格を取得するなど第二の人生を歩み始めた。

    ソフトボール日本代表の峰幸代。北京五輪や世界選手権での豊富な経験を武器に東京五輪出場を目指す=沖縄県読谷村の読谷平和の森球場で2019年12月13日午前11時25分、細谷拓海撮影

    引退して気づいた競技の魅力、再び一線へ

     とはいえ、競技への愛情が消えたわけではない。日本リーグを観戦し、これまでとは違った角度でソフトボールと向き合うことで、新たな発見をし、競技の面白さを改めて感じた。「やっぱり好きなんだな」。そう感じていた15年春、たまたま球場で会い、声を掛けられたのがトヨタ自動車監督(当時)の福田五志さん(63)だった。「まだソフトボールを続ける気があるなら、トヨタも選択肢にいれて考えたら?」。そう誘った福田さんは「誰もが評価できる選手。引退はソフトボール界にとって損失だと思っていた」と当時を振り返る。

     かつてのライバルチームでプレーすることに迷いはあった。だが、東京五輪でソフトボールが北京五輪以来の実施競技に復帰する可能性が高まっていたことが峰を後押しした。「今しかできないことをやりたいという気持ちがすごくあった。それが五輪を目指すことにつながった」。約半年、熟考した末、現役復帰を決断。気持ちを固めると、日本代表を率いる宇津木監督に電話で報告し、伝えた。「もう一度、にんさん(宇津木監督)の下で(日本代表で)できるよう努力するので、しっかり見ていてほしいです」

     「私ならできる」。そう信じて16年1月にトヨタ自動車入りしたが、1年のブランクの影響は大きく、当初はキャッチボールをしてもすぐに肩が痛くなった。「気持ちはあるけど、なかなか体が動かない。全てにおいて一般女性になってしまっていた」。通常の練習メニューに加えて高卒の新人がやるような基礎トレーニングもこなし、少しずつ感覚を取り戻していった。

     五輪に向け若手を育てる方針もあり、なかなか日本代表には呼ばれなかったが、焦りはなかったという。「それも実力だと思っていたし、若い選手がどんどん選ばれる姿を見ながら、もう一度勝負したいという気持ちを切らさずにできた」。昨年12月の沖縄での代表合宿で復帰し、五輪メンバー候補に滑り込んだ。

     日本代表で宇津木監督と同じユニホームを着るのは5年ぶり。それでも、宇津木監督からの信頼は変わらない。その理由が豊富な経験だ。かつてのチームメートの上野だけでなく、日本のもう一人の主戦投手、藤田倭(やまと)(29)=太陽誘電=とも国体などでバッテリーを組んできた。現在はトヨタ自動車で米国代表のモニカ・アボット(34)の投球を受けており、「世界の一流の投手の球を捕っている。体、頭、配球はまだまだ健在」と宇津木監督。合宿では若手投手に惜しみなく助言していた峰は、「世界で戦ってきた経験は私の強み。監督と9年間、一緒のチームでやらせてもらっていたので、私だから分かっていることをしっかりアピールしたい」と意気込む。

     東京五輪代表15人の決定は3月下旬。捕手の枠はレギュラー格へ成長した25歳の我妻悠香(あがつま・はるか)=ビックカメラ高崎=を含めて2~3人とみられ、峰には短い期間でのアピールが求められる。「代表に呼んでもらったことが一つのゴールであり、スタート」と峰。現役引退からの五輪出場、そして2度目の金メダル獲得へ――。「そうなったら最高ですね」。夢への挑戦はまだ道半ばだ。

    細谷拓海

    毎日新聞東京本社運動部。1983年、神奈川県生まれ。2006年入社。京都支局、出雲駐在、大阪運動部を経て、16年から現職場で野球やソフトボールを担当。高校時代は硬式テニス部。セーリングの非五輪種目・トッパー級の全日本選手権で99年10位、02年8位となったこともあるが、誰でも出場できる初心者に優しい大会で、腕前は……?