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東京へ ともに歩む

毎日新聞

ニューイヤー駅伝で多くの選手が履いていたナイキ社製のピンク色の厚底シューズ。市販されており、今後の使用も認められた=前橋市で2020年1月1日、喜屋武真之介撮影

Field of View

陸上記者が語る「厚底シューズ」 不明瞭な「違反」のライン

 結局、厚底シューズは何が問題だったのか? 陸上長距離で好記録の一因として話題になり、規制の有無が議論された米スポーツ用品大手ナイキの厚底シューズについて、ワールドアスレチックス(世界陸連)は1月31日、条件付きで使用を容認した。底の厚さは4センチ以下、靴底に埋め込む弾力性のあるプレートは1枚までなどの新ルールを設け、市販済みのシューズは「問題なし」としたが、私は問題の本質に踏み込まなかった世界陸連の姿勢に疑問を感じた。【小林悠太】

 世界陸連はシューズについて、競技規則第143条で「使用者に不公平となる助力や利益を与えるようなものであってはならない」と規定しているが、長距離種目に関する靴底の厚さや反発力の明確な数値は定めていなかった。ナイキの厚底シューズ「ヴェイパーフライ」シリーズは、反発力の強いカーボンファイバー(炭素繊維)のプレートを宇宙産業用の軽くてクッション性のある素材で挟むことで、靴底のクッション性と反発力を両立させた。特に反発力が走る際の「助力」に該当するかどうかが最大の争点となるはずだった。

ナイキ製の厚底シューズ「ズームヴェイパーフライ4%」(旧モデル)の靴底の素材。真ん中のプレートが強い反発力を生む=東京都内で2018年2月27日午後3時51分、小林悠太撮影

 しかし、世界陸連関係者は今回の判断について、「これまでのルールで駄目という基準がなく、既存のものはOKとなった」と内情を明かす。靴底の厚さ4センチ以下などの新ルールは、ナイキの厚底シューズも含めて市販済みの商品を継続して使用できるように設定された基準だった。東京五輪が迫る中で混乱を避けた形ではあったが、靴底の厚さが4センチを超え、プレートが複数になると「なぜ、違反なのか」という根拠は示されなかった。新ルール発表前、関係者の間では「反発係数の基準を定めるのでは」と予測する向きも強かったが、反発力の基準には言及しなかった。

 2008年北京五輪で世界新記録を連発した競泳の高速水着「レーザー・レーサー」は、浮力を得られることが「違反」と判断され、10年には規定変更で全面禁止となった。一方、1998年長野冬季五輪前に急速に広がったスピードスケートの「スラップスケート」など新しい用具の大半は「技術の進歩」と位置づけられてきた。競技力の向上や故障防止のために用具の技術革新は欠かせない。アスリート以外でも、衝撃吸収など足への負担を軽減するシューズの開発が進めば、市民がより気軽にランニングをできるかもしれない。

 では、「技術革新」と「規定違反」の境界線はどう判断されるのか。あるメーカーの開発担当者は「過去からの記録向上の曲線を大きく上回る形で記録更新が相次ぐと、国際競技団体は規制へ向かうことが多い。基準はあいまいで『後出しの規制』は覚悟している。開発者としては違反対象になるほどインパクトのあるものを開発したい」と本音を漏らした。

 今後のシューズ開発は「厚底」ではなく、より弾力性のあるプレートが焦点になるだろう。近い将来、現在よりも大きな推進力を得られるシューズも生まれるはずだ。そうなれば、世界陸連はどう判断するのだろうか。規制の方向へ踏み切った以上、根拠を示した上で、何が「助力」にあたるのか基準を示すべきだ。

 新ルールはできたものの、シューズが違反していないかを調べる方法は明確ではない。複数の陸上関係者は「市販シューズと同じ見た目にして、中身を変えれば分からない」と「抜け道」を指摘する。

 東京五輪から数年後、メダリストの記念シューズを切ったら、複数のプレートが入っていた――。そうなれば、薬物ドーピング同様、メダル剥奪処分となるのだろうか。そんな事態を避けるためにも、反発力を含めた明確な判断基準を示してほしい。

小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。