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羽田新ルート「世界一着陸難しい空港に」 都心低空飛行 内部文書「横田空域に配慮」

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マンションのすぐ近くを降下していく旅客機。「怖いね」。騒音や落下物に加えて、墜落を心配する声が多く聞かれた=東京都品川区八潮で2020年2月2日、中澤雄大撮影
マンションのすぐ近くを降下していく旅客機。「怖いね」。騒音や落下物に加えて、墜落を心配する声が多く聞かれた=東京都品川区八潮で2020年2月2日、中澤雄大撮影

 事故が起きたら、どうするのか。3月末に運用が本格化する、東京・羽田空港の都心低空飛行問題である。国は「国際競争力の強化やより多くの訪日外国人旅行者の受け入れ等のため」に、航空関係者が懸念する「愚策」を強行、国民生活に暗い機体の影を落とそうとしている。時に科学技術が危険な陥穽(かんせい)にはまることを忘れてはいけない。【中澤雄大】

「バラ色の説明。全員辞職ものだ」

 「国土交通省航空局が『羽田空港のこれから』というパンフレットを作り、ネットでも読めます。航空局の考える問題が全部書かれているが、良いことばかりで注意事項もない。バラ色のパンフレット。何も不安がないかのようですが、事実と違うことが多いのです」

 昨年12月、品川・大井町で開かれたシンポジウムに、私は足を運んだ。羽田空港の新しい飛行ルートでは、上空1000フィート(約300メートル)の低空をジェット機が繰り返し飛ぶことになる。騒音や落下物の心配も指摘されるだけに、会場は住民らでいっぱいになった。

 講演したのは、日本航空元機長で、ジャンボジェット(B747)飛行時間「世界一」としてボーイングから表彰された航空評論家、杉江弘さん。効率化・合理化を追求したハイテク機への過信に警鐘を鳴らし、現役時代から事故防止改善策を提言してきた人物である。ちなみに兄昭治さんも元国交省キャリア官僚で、1996年6月に起きた福岡空港ガルーダ機事故の首席航空事故調査官を務めるなど長く航空行政に携わってきただけに、兄弟が顔を合わせれば、飛行機の安全が話題になるという。

 「安全を100%担保できない不安を持ちながら『とりあえず春からはこれで』という姿勢は、航空行政に携わる者として失格、全員辞職ものです」。強い憤りをみせた杉江さんに後日、改めて話を聞くと、新ルートの危うさがはっきり見えてきた。

 杉江さんは目を大きく見開き、語気を強める。「私は住民支援のため説明しているだけではない。きちんとした議論もない現状では東京の空、いわば日本の空の安全が脅かされてしまう。世界の大都市空港では安全・騒音対策上、主に長距離国際線を郊外の新空港で運用している。私は市街地に戻した事例をほかに知らない。これで羽田は世界一着陸が難しい空港になるでしょう。航空機の安全問題を専門とする私にとっても重大な事態なのです」

成田・三里塚の「悲劇」は何だったのか

 そもそも、78年に成田空港が開港したことによって、国際線は成田、国内線は羽田から離着陸するという運用が基本になっていた。それが、滑走路の沖合展開や在日米軍横田基地(東京都福生市など)が航空管制を担う空域、いわゆる横田空域の一部返還などを経て、羽田空港の発着枠が増加したのを機に、国際線のチャーター便などが運航されるようになった経緯がある。そして今度は、ビジネス路線の多い長距離便を羽田に、格安運賃のLCCは成田へ誘致する方向に、いつの間にか進んでいったのが、今回の都心を低空飛行する新ルート展開の流れである。「米大手のデルタ航空が成田から羽田へ全便移すことを決めました。欧州や豪州、アジアの大手各社も追随する動きを見せています。今後、各国の航空会社が羽田乗り入れを要求してきたら、発着枠をさらに増やさざるを得なくなり、新たな滑走路を増設してゆくという歯止めのない展開になるのは目に見えています。場当たり的な航空行政は、とりわけ安倍政権になってから加速しているのです」

 杉江さんの話を聞きながら、成田開港に伴う「悲劇」を思い出した。千葉・三里塚周辺の農民の生活や命を奪い、公共事業のあり方に深い教訓をもたらしたはずだった。

 <成田闘争の最大の問題点は一言で表現すれば、日本の政治権力の腐敗である。(中略)国家権力は本来ならば、国民の一人一人が、市民の基本的権利を享受し、人間的尊厳を保つことができるような条件をつくり、それを維持することが、その機能であるはずである。ところが、新東京国際空港を三里塚の地に建設するという閣議決定がなされるにさいして、このような配慮が一片だに顧みられたことがあったであろうか。答えはいうまでもなく否である>。世界的な経済学者だった宇沢弘文は著書「『成田』とは何か-戦後日本の悲劇-」で、こう喝破したものだった。

 現在の成田空港は28年度中に3本目の滑走路新設を目指している。さらに現在2本あるA、B滑走路のうち、B滑走路(2500メートル)を1000メートル延伸し、C滑走路3500メートルを新設することで、年間発着回数は現行30万回から50万回に増やす方針。その理由も「羽田拡張には限界があり、首都圏のさらなる航空需要の増加に対応するため」と説明している。

 今回の羽田新ルートで、発着回数は1時間に最大80回から90回へ、わずかに増えるだけだ。にもかかわらず、人口密集地の大都市上空に旅客機を飛ばそうとする理屈はどこにあるのだろうか。

「羽田は世界一着陸の難しい空港になる」

 杉江さんが問題視しているのは、国交省が昨年7月末に公表した「追加対策」の中身だ。「騒音影響の低減」を図るべく、飛行機の到着経路における降下角を「3・0度」から「3・45度」に変更して飛行高度を引き上げるというものだ。

 「青天のへきれきとは、このこと」と言う杉江さんによれば、航空業界では78年以来、安全性と騒音の観点から降下角の検証を重ねた結果、世界の大空港では3・0度を適当とし、今日ではそれが常識になった。航空各社もパイロット訓練を3・0度で実施している。市街地上空を飛び、過去に「世界一着陸が難しい」と呼ばれた香港・旧啓徳空港でさえ3・1度だったにもかかわらず、だ。

 「わずか0・45度の違いと思うかもしれないが、コックピットの実感としては、降下時はジェットコースターで谷底に落ちてゆくような感覚で、恐怖しかない。降下角が大きいほど操作が難しくなり、尻もち事故や機体に損傷を与えるハードランディングにつながる恐れがある。稚内など同角度の事例も進入方式が異なるので比較できない。これほど難しいというの…

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