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「アルバムに等身大の姿」 HY、出会いと経験重ね成長 20周年インタビュー(上)/沖縄

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 うるま市出身のバンドHYが今年で結成20周年を迎えた。「ホワイトビーチ」や「AM11:00」「366日」といった数々のヒット曲を世に送り出し、セカンドアルバム「Street Story」はインディーズでミリオンセラーを達成した。新里英之(ギター・ボーカル)、仲宗根泉(キーボード・ボーカル)、名嘉俊(ドラム・ボーカル)、許田信介(ベース)にこれまでの歩みや今後の展望などを聞いた。(聞き手 金城実倫)

長くて短い20年

 ―20年は長かったか、あっという間だったか。

 仲宗根泉 長かったと思えば長いし、短かったと思えば短いと感じる。基本的に時間の流れは今も昔も変わらない。初めてCDを出してから毎年何十本のライブをこなし、レコーディングをし、フェスに出演している。ずっとそのサイクルで活動してきた。

 許田信介 いーずー(仲宗根)と同じで長くて短かった。戻りたい時期もある。若い頃は引っ込み思案だったので、もっと自分のキャラを出していれば良かったと思う時がある(笑)。

 新里英之 若い時に早く年をとりたいと思っていたから、20年はあっという間に感じた。年を重ねるごとに素晴らしい先輩たちに出会い、助言を受けて、勇気づけられた。一年一年いろんな経験を積み重ねてきたことによって自分もHYも成長していると感じる。

 名嘉俊 緩急のある20年だった。初期の頃は仕事だと思っておらず、ただ音楽を楽しんでいた。東京で活動した頃は責任感のある仕事に追いついていけず、悩みが増えていった。沖縄に拠点を移してからは一気にエンジンがかかり、自分たちのやりたいことが増え、充実している。

ミリオン実感湧かず

 ―ファーストアルバム「Departure」とセカンド「Street Story」ではサウンドが極端に変化しているように感じる。

 新里 ファーストの時はまだ、自分の作りたい音楽をメンバーで共有していく感じが強かった。でもその後全国ツアーを巡って、みんなに楽しんでもらえるような音楽を作りたいと思うようになり、セカンドに収録された曲たちができた。

 名嘉 僕らは一つのジャンルにこだわって曲を作ってはいない。メンバーそれぞれの好きな音楽を持ち寄って作り続けた。一枚一枚のアルバムの曲にはその時々のHYの等身大の姿が描かれている。

 ―セカンドアルバムが大ヒットし、ミリオンセラーになった。どんな思いだったか。

 仲宗根 ファーストアルバムがランキングで99位に入った時はメンバー全員喜んだが、セカンドが1位になった時は正直全く興味がなかった。ミリオンセラーになったと言われても理解できず、実感が湧かなかった。

 名嘉 セカンドの後、急に全国ツアー54公演が決まり、なかなか沖縄に帰れず、苦しかった。

 仲宗根 今はツアー中長くても1週間に1回沖縄に帰れるが、当時はツアーが終わるまで帰れなかった。ファイナルの沖縄公演は帰れるうれしさにいつも泣いていた(笑)。あの頃に比べたら今は本当に幸せ。

 ―ライブでは大人から子どもまで、あらゆる世代の人が訪れている。

 名嘉 音楽だけでは、限界があり、メンバーのトークや人柄によって多くの人が共感を呼んで、ライブに足を運んでくれていると思う。いーずーがブルドーザーで土を荒らす痛快なトークをしたら、ひーでー(新里)がきちんとホウキではくようなフォローをしてくれる。見ていてとても心地よい。

 新里 もう一つは高校野球のようにHYが深い絆とチームワークの熱量を感じるからだと思う。20年たっても変わらずにいるから、多くの人が応援してくれている。

 結成20周年インタビュー(下)(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1070797.html)に続く(琉球新報)

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