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エンタメノート

生きづらさの時代に伝説のシンガー森田童子を映画にする意味 高橋伴明監督に聞く

森田童子さん=1976年12月4日撮影

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 1970年代~80年代前半、若者の「心の叫び」を歌にした伝説のシンガー・ソングライター森田童子が、2018年に亡くなって2年。童子に影響を受けた当時の若者が、童子の世界をオリジナル短編映画で現代の若者に伝える企画を立ち上げた。若き日に童子に会ったことのある高橋伴明監督がメガホンを取り、今年4月の童子の三回忌に合わせて公開する。タイトルは「夜想忌」(やそうき)。高橋監督に聞いた。【油井雅和】

現場を離れたころに書いた「いつか映画で童子の歌を使いたい」

 --小さな顔でカーリーヘアにサングラス。でも声はか細い女性。学生運動を知らない世代にとっては、森田童子を最初に聞いた時、ちょっと暗い、でも強烈なインパクトがありました。ドラマ「高校教師」のテーマ曲となった「ぼくたちの失敗」で彼女を初めて知った人も少なくありません。童子は、歌の中でも、自分は静かに消えていきたい、といった詩を残しています。でも、監督を含めて当時影響を受けた人にとっては、消えるどころか、こだわりたいという思いがあるようです。それはなぜでしょう。

 監督 暗いとおっしゃったけど、私が初めて曲に出会った時は、自分がすごい暗い気分だったんです。1972年に監督デビューしてるんですけど、(人間関係で)すごく嫌な思いをして、しばらく映画の現場を離れてシナリオとか書いていた。スポニチに書いたり、毎日小学生新聞に書いたり、シナリオを書いたりしてたんです。その頃、森田童子の歌が、すっと入ってきたんです。当時、エッセーに、「いつか映画で童子の歌を使いたい」と書きました。童子の世界というのは、きっとハッピーエンドじゃないよね。それがものすごく波長が合ったんでしょうね、きっと。私の映画はたいてい、ハッピーエンドにならないから。「暗い、暗い」と言われたし、「こんなもん、ピンク映画じゃない」とか言われ続けた。なぜか若いお客さんが入ってくれたんで、会社もしょうがなくて撮らせたんでしょうけど。

 --ネットもない時代、若い人は童子のことをどうやって知ったのでしょう。

 監督 ラジオとか口コミとかですね。「黒テント」(70年代から移動式テント劇場で公演している劇団)関係のヤツから聞いたことがあるとか。あとラジオ。「ヘンな歌手いるよ」とか。それで、レコード買ったんですよ。

「『蒼き夜は』もそうだけど『落ちていく』という言葉が好き」

 --監督が好きな曲はなんでしょうか。

 「蒼き夜は」(78年)。もう、こればっかり。

 --童子の曲のどういうところが刺さったんですか。

 監督 それは「蒼き夜は」もそうだけど、「落ちていく」という言葉が好きだったんですね。自分も落ちていきたいなという、なんか妙な気持ちがずっとありましたね。だから暗いと言われるのかな。そっちの方にあえて流れていたね、生活自体が。

 --落ちるところまで落ちたら、もうそれ以上落ちるところはない、といった、安心感みたいなものがあったんでしょうか。

 監督 安心感というのはなかったね。

 --自分をなんとかしたい、という思いも当然あったかと。

 監督 そういう思いが起こったのは「ディレカン」(82年に設立した若手監督による映画製作会社「ディレクターズ・カンパニー」)になってからですね。(この年公開の)「TATTOO<刺青>あり」も、「初の一般映画進出」とか言われて、そういう言われ方がものすごい嫌いだった。なんかランク上がったみたいなね。いまだにそれは嫌いだけど。そういう意味では、上昇志向なかったんです。ダメなことをやり続けてたんですけど。

 --タトゥーは今は誰でも知ってますが、あの頃は誰も知らなかったですね。

高橋伴明監督=油井雅和撮影

 監督 そう。あのタイトルに、もともと<刺青>は、なかったの。でも、まわりのみんなから「知らないから入れてくれ」って言われて入れたの。TATTOOをTATOOと、しょっちゅう間違えられたよ。

「今の時代でも森田童子は通じる、届くということを信じたい」

 --今回の映画の企画もそうですが、童子本人がどう思っていたかはわかりませんが、当時影響を受けた人が「自分たちが語り継ぎたい」「伝えたい」という強い思いがなければ、童子は消えてしまうし、企画も成り立たない。その思いの強さはなんでしょう。

 監督 どこかでね、幻想かもしれないけれど、今の時代でも森田童子は通じる、届くということを信じたいんですよ。

 --監督は童子に1度会っているんですね。

 監督 はい、1度。あの当時のことですが、映画で黙って童子の曲を使ったんですよ。そうしたら、いまだに謎でもあるんだけど、(童子の知りあいで)ドモンという飲み仲間がいて、「童子のことでちょっと話あるんだけどさ」と言われて。ドキッとしちゃって、「うわ、きた」って。ところが、話はそう(怒られる)ではなくて、「ライブでその映像を使わせてくれないか」と。それでライブの日に紹介されて、会いました。その場で謝ったんです。「勝手に使っちゃってごめん」って。今とは違っていい時代だったけど、会うまではビクビクしてたね。

 --会ってみて、童子はどんな人でしたか。

 監督 寡黙な人ですよ。もちろん、初対面でペラペラしゃべるタイプではないだろうし。その時もサングラスです。

 --髪は地毛だったんですかね。

 監督 いや、わかんないな、そういうふうにみてなかったし。顔はちょっと長めの印象が残ってます。

童子は「生きにくいことが好きなんじゃないかな」

 --今振り返ると、どんな思いがありますか。

 監督 この人はミステリアスでいいんだと思ったね。ミステリアスの方がいいというか、距離を狭めない方がいいと思いました。ミュージシャンでも役者でも、ものすごく親しくなる相手っていますけど、この人はそうならない方がいい人だと。あと、思ったのは、人には言えない何かを背負った人だなと。墓場まで持っていくことを抱えてる人なんだろうなとは思った。そして、童子は自分に歌っていたんじゃないかな。なにか自分のために歌ってる気がしたなあ。ある意味では、映画の一番のぜいたくは、自分のためだけの映画をつくることだと思うんだけど、それに近い気がした。もちろん、「他人からの共感を得たい」というのもあっただろうけれど。

「森田童子 夜想忌」のホームページ

 --今の時代はそんたくとか妥協とかを強いられ、自分の柱を崩さずに生きるのは難しいと思います。童子はなぜ、自分の世界を貫いたのでしょう。

 監督 生きにくいことが好きなんじゃないかな。生きにくい中に、もがいてることが、生きている実感みたいな。だからたぶん、もがき続けてるんだと思うね、自分は。

 --最後に、映画の依頼を受けられた思いをお聞かせください。

 監督 森田童子になにかお返ししたい、ということ。曲を黙って使ったのに何も言わないでいてくれた感謝もある。義理があるという感じなのかな。

 --映画はどんな内容になりそうですか。

 監督 たぶん、明るいものにはならないと思う。そして、見た人に「ちょっと考えてみて」という映画になるような気がしています。

映画「夜想忌」

 映画「夜想忌」は、高橋伴明監督が脚本も担当。原作は直木賞作家の朱川湊人さん。昨年の童子一周忌イベントに足を運んだ佐伯日菜子さんらが出演し、監督の妻、高橋恵子さんも特別出演。4月25日に開催予定の三回忌イベントで公開する。

 現在、映画製作のための寄付を募っている。金額により、高橋監督らのサイン入りお礼状や試写会招待、映画DVD進呈などの特典がある。詳しくは公式ホームページ(https://yasoki.net/)。

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