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東京へ ともに歩む

毎日新聞

パラテコンドーの魅力を語る全日本テコンドー協会パラテコンドー委員長の木下まどかさん=東京都港区で2020年1月31日午後3時47分、岩壁峻撮影

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強化担当は東大助教 新競技パラテコンドーを支える動作解析の専門家

 東京パラリンピックで新たに採用されたテコンドーの日本代表強化を担当する木下まどかさん(29)は、東京大大学院助教(スポーツ科学)として格闘技の動作解析を行うアナリストの顔も持つ。選手時代は五輪に一歩届かなかったが、持ち前の分析力で未来のパラリンピアン育成に力を注いでいる。【岩壁峻】

    蹴り方に癖 技術と感覚のズレ埋める

     腕に障害のある選手が競うパラテコンドーは、パンチが得点にならないことや頭部への上段蹴りが反則になること以外は健常者と同じルールで行われる。統括団体は五輪・パラリンピックとも全日本テコンドー協会で、パラ委員長を務める木下さんは選手強化に加え、広報活動も担う。

    パラテコンドー男子61キロ級の東京パラリンピック代表に内定した田中光哉(右)=東京都品川区の日本財団パラアリーナで2020年1月26日、佐々木順一撮影

     2017年から公募により東大大学院助教となり、パラテコンドーの動作解析を進めている。腕に障害があっても、体幹がしっかりしていれば効果的な蹴りを繰り出せる――。そんな仮説を立てながら、データの蓄積に努めた。「足の形にも違いがあるので、蹴り方にも癖ができる。そうした感覚と技術をすり合わせることが大切」。集積した健常者のデータも駆使し、理論を選手の指導に生かす。

    五輪は一歩届かず 指導者として研究の道へ

     そもそもテコンドーとの出合いは、大阪大に進学後のことだった。佐賀県出身の木下さんは高校時代、柔道に打ち込んだ。「大学でも柔道を続けるつもりだった」というが、全日本学生選手権優勝者を出したこともある強豪のテコンドー部は魅力的に映った。

     部活動と並行し、大阪市内の道場にも足を運んだ。道場の師範を通じて00年シドニー五輪銅メダルの岡本依子さんと知り合い、岡本さんが開設したテコンドー教室を手伝うなど、親交を深めた。大学3年だった11年2月の全日本選手権では女子49キロ級で準優勝。国内トップレベルの選手に成長したものの、常に立ちはだかったのが、この大会で優勝した笠原江梨香さん。12年ロンドン五輪で7位に入った笠原さんに対し、「競技を研究したら差を埋められるのでは」と感じたのが、動作解析に興味を持つ原点となった。

     大阪大では生物人類学を専攻。卒業後は筑波大大学院に進み、テコンドーの動作解析の研究に打ち込んだ。「どうしたら速い蹴りが繰り出せるか」をテーマに本場・韓国をはじめ海外の論文も読みあさった。五輪には手が届かず、15年に現役を引退。直後に岡本さんから思わぬ誘いを受けた。

    岡本依子さんから白羽の矢

     「パラを担当する人が誰もいない。手伝って」。15年1月にパラリンピックで競技が採用されることが決定。岡本さんは全日本協会でパラテコンドーの強化担当をしていた。競技人口はゼロに等しく、「パラテコンドーという言葉すら知らなかった」と木下さん。16年から全日本協会で本格的に普及に取り組み、体験会を通じて選手発掘を進めた。

     19年に全日本協会パラ委員長に就任。東京パラリンピックでは開催国の競技団体責任者として、大会の成功という重要な責任も担う。1月末には日本代表の男女計3選手が内定した。木下さんは「体験会に出た時から知っている選手が力をつけたことがうれしい」と顔をほころばせた。武道家であり学者でもある木下さんに対し、東京大会代表に内定した男子61キロ級の田中光哉(27)は「年も近いので、気さくに接してくれる」と感謝している。

     昨年は全日本協会の内紛に揺れたテコンドー界。「『ちゃんとやってるんだ』と思われるように、パラ競技も脇を締めていきたい。東京大会後もパラテコンドーを盛り上げたい」。競技のイメージアップも目指している。

    岩壁峻

    毎日新聞東京本社運動部。1986年、神奈川県生まれ。2009年入社。宇都宮支局、東京運動部、北陸総局(石川県)を経て、2019年10月から東京運動部。現在は主にパラスポーツを担当。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックは現地取材した。中学~高校(2年まで)はバレーボール部。身長が低かったため、中学の顧問には「スパイクは打つな」と言われて育つ。