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東京へ ともに歩む

毎日新聞

新体操日本代表のコーチを務める山口留奈さん。練習中は選手の動きに細かく目を光らせる=東京都北区で2020年1月22日、佐々木順一撮影

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フェアリー躍進の舞台裏 心を「鬼」にした新体操コーチの覚悟

 新体操の日本代表「フェアリージャパンPOLA」は、東京五輪で日本勢初となる五輪のメダルが期待されている。団体総合で2016年リオデジャネイロ五輪の8位から、19年世界選手権は44年ぶりの銀メダルと躍進。選手の力を引き出すのは、元トップ選手でコーチの山口留奈さん(27)だ。現役時代の悔しさを胸に「選手に後悔はしてほしくない」と心を鬼にして厳しい指導に徹し、華やかな妖精(フェアリー)たちを高みへと導く。【円谷美晶】

練習を重ねてきた新しい演目を披露したフェアリージャパンの選手たち=栃木県小山市で2020年2月15日午前11時32分、円谷美晶撮影

練習は厳しく、泥臭く……

 「体が遅れているから、早めに!」「頭の中だけで動かさないで、ちゃんと体を動かして!」「今、正しくやらないと。後で頑張ろうとしてどうするの?」

 演技の途中で何度も曲が止まった。そのたびに、細かく厳しい指示が飛ぶ。2月15日に栃木県小山市であった日本代表の公開練習。CDプレーヤーを操作しながら、山口さんは一瞬たりとも選手の演技から目をそらさない。普段の声は小さめで、団体メンバーの一人とも思えるほどかれんだが、練習が始まれば厳しい顔つきに一変する。

 フェアリージャパンが試合で見せる満面の笑みと息の合った華麗な演技は、驚くほど泥臭く、過酷な練習のたまものだ。基礎となるバレエのレッスンなど練習は連日8時間以上に及ぶ。特に演技の練習では、水を飲む以外はほぼ休みなく2、3時間も踊り続ける。選手は自分たちで日々の目標を設定するが、達成できずに悔し涙を流す日も多い。

 ひたむきに練習に取り組んでいても、何時間も動き続ければ体の動きに緩みが出てくる。「疲れた」「難しい」……。弱気の虫が顔をのぞかせ、自然と表情がこわ張る。そんな選手の「逃げ」や「エネルギー不足」の姿を、山口さんは決して見逃さない。

 「今やるべきポイントについて、自分の気持ちに左右されてはいけない」。すぐに演技を止め、情熱を持って語りかける。選手の力、気持ちを最大限に引っ張り上げるには、少しの妥協も許さない。はたから見ていると、昭和の「スポ根マンガ」のように映る厳しさだが、主将の杉本早裕吏(さゆり)(24)=トヨタ自動車=は「留奈さんのひと言で気持ちが変わる。世界選手権で結果が出せたのは留奈さんのおかげ」と感謝の言葉を口にする。

 チーム最年長でロンドン、リオデジャネイロと2度の五輪を経験した松原梨恵(26)=東海東京証券=も「自分たちでは『やっているつもり』になることが多い。人から評価してもらう(採点)競技だから、外からの目はすごく大切」と受け止めている。山口さんは「試合が終わってから後悔の涙を流しても遅い。最後に笑えていれば、救われる」。信念の奥底には、選手時代の苦い思い出がある。

選手時代の後悔「もっとやれることがあった」

国内トップ選手だった現役時代の山口留奈さん。気迫のこもったリボンの演技を披露した=東京体育館で2011年10月29日、西本勝撮影

 茨城県つくば市出身の山口さんは4歳から新体操を始め、小学5年で名門・イオン新体操クラブに入った。小学生の頃は放課後、電車で往復4時間かけて練習に通い、中学から千葉市内に転校。高校は通信制の県立高校に進み、練習に専念して技術を磨いた。

 身長164センチと、新体操選手としては小柄だが、難しい技の習得を諦めない心の強さはずばぬけていた。何よりも負けず嫌いな性格で、「器用ではないけど、どうすれば(技が)できるか、すごく考えて体を動かしていた」と振り返る。

 人一倍努力を重ね、次第に日本のエースへと成長。持ち味の正確な演技で、11年から全日本選手権3連覇を果たす。12年にはロンドン五輪切符を懸けた個人最終予選に、日本から唯一出場した。しかし予選に向けた練習で自らを追い込み切れず、結果は総合18位。五輪出場は夢に終わった。「もっとやれることがあった」。結果よりも、試合に臨むまでの過程に悔いが残った。

「素直に感じたことを伝えるのが役目」

 14年に引退後、恩師の岡久留実さん(故人)から「選手としていろいろ経験したからこそ、やれることも多いんじゃないの」と誘われ、イオンで指導者の道へ。転機が訪れたのは17年だった。日本代表は長年ロシアのサンクトペテルブルクにも拠点を置いてロシア人コーチのインナ・ビストロワ氏に師事してきたが、国内での指導体制の強化を目指した山崎浩子強化本部長から「東京五輪を目指してやってほしい」とコーチに招かれた。

 就任当初は年齢が近く、五輪出場経験のある選手たちにアドバイスをすることをためらった。それでも「いいことも悪いことも経験し、特に後悔した部分は乗り越えて引退した」という山口さんには、選手としてやり切った自負があった。だからこそ胸を張って指導できる。「後悔はしてほしくない。素直に感じたことを伝えるのが私の役目」と覚悟を決めた。

練習の合間には選手に笑顔で声をかける。新体操日本代表コーチの山口留奈さん(右)は時に厳しく、時に優しさを持って選手に接している=東京都北区で2020年1月22日、佐々木順一撮影

 もちろん厳しさだけではない。指導が一方通行にならないよう選手の声にも耳を傾け、時には1対1で本音をぶつけ合う。練習後、「あそこまで言って良かったのかな」と思い悩む時だってある。帰宅する時には心身の疲労でくたくたになるが、真剣に競技を極めようとする選手たちの気持ちに応えたい思いが募る。

 フェアリージャパンのメンバーは15~26歳の11人。五輪の舞台に立てるのは半数以下の5人だが、「やるべきことをやったと思えれば、また前に進める」と山口さん。そのためにも、指導の手を緩めるわけにはいかない。東京五輪でメダルを取る力になるのは当然だが、何より「後悔がないよう、今を大切にしたい」。

 努力、成功の喜び、そして後悔……。さまざまな感情を味わってきた。「順調な新体操人生だったら伝えられなかったことが、たくさんある。ここにもいなかったかもしれない」。今日もまた、きりっと気持ちを引き締め、選手の待つ練習場へと向かう。

高難度重視のルール改正

2019年の世界選手権団体で獲得した複数のメダルを手に笑顔を見せる新体操日本代表「フェアリージャパンPOLA」の(左から)熨斗谷さくら、竹中七海、松原梨恵、杉本早裕吏、鈴木歩佳、横田葵子=成田空港で2019年9月24日午前11時33分、吉田航太撮影

 新体操は演技の難度を示すDスコア(演技価値点)、技の出来栄えを示すEスコア(実施点)の合計点を競う。2018年のルール改正で、Dスコアの上限を撤廃。2分15~30秒の演技時間に、より多くの技を詰め込むことが求められるようになった。19年世界選手権の団体総合で日本はロシアなど強豪に負けない高難度の構成で挑み、ミスのない息の合った演技を披露。過去最高成績に並ぶ銀メダルを手にした。

 そして今、フェアリーたちは東京五輪に向け、さらにレベルの高い構成に取り組んでいる。例えばボールでは、世界選手権の種目別団体で初の金メダルを獲得した時よりも連係技を三つ増やし、Dスコアが4点近く上がった。世界選手権の団体総合で0・5点差に肉薄した女王ロシアら強豪を上回るためのプログラムだ。

 複数の手具を同時に投げて交換し、手ではなく足や背面などでキャッチする。5人による連係技が「もう(これ以上)入らないくらいギチギチに詰まっている」(山崎強化本部長)。一つの技の終わりが次の技の始まりとなる目まぐるしさ。たった一つのミスが致命傷になる。

東京五輪へ新プログラムを極める

 年間350日の共同生活を送るなど協調性をはぐくんできた日本にとって、心を一つにした同調性のある高度な演技が評価されるルール改正は追い風とも言える。しかし、新プログラムの完成には時間を要する。1月の段階では5人の動きにばらつきがあったり、手具を落としてしまったりと、ミスが目立った。何度も何度も繰り返し、互いの位置や動きをアドバイスしながら、習熟度を高める選手たち。今季最初の大きな目標としてきたモスクワ・グランプリ(2月7~9日)出場は見送り、理想の演技を追求している。

円谷美晶

毎日新聞東京本社運動部。1985年、東京都生まれ。2009年入社。北海道報道部、千葉支局を経て、東京社会部では気象庁や東京都庁を取材。18年から東京運動部で五輪取材班となり、体操、トライアスロンなどを担当。高校までの部活動は陸上で中・長距離の選手。いつも皇居周りを走っていた。