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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

厳しいコースへの球も猛練習で培ったフットワークで打ち返す奥原希望=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年7月25日、喜屋武真之介撮影

アスリート交差点2020

己と向き合う 迷ったら厳しい道へ=バドミントン・奥原希望

 読者の方から試合や練習中にどのようにメンタルをコントロールしているか質問をいただきました。私が考えるメンタル術を紹介します。

 父から「迷ったら厳しい道を選べ」と言われて育ちました。「もっとやっておけばよかった」と後悔することを許すことなく、練習では自分を追いこんでいます。気持ちが折れそうになったら先は見ず、目の前の一球に集中します。走っていて苦しくなったら、少し前を走る理想の自分を想像し、追いかけるようにします。疲れて体が重い日は「東京五輪でもコンディションが悪い試合があるかもしれない。それで負けていいのか」と言い聞かせて動きます。

多くのファンの声援を力に変えられるという奥原希望=東京・駒沢体育館で2019年11月30日、喜屋武真之介撮影

 試合で連続失点を許すなど厳しい状況では、失点のことを考えすぎるとマイナス思考に陥って体が固まってしまいます。状況に応じて、「足を動かす」「大きな展開にする」などと決めてプレーします。試合前にさまざまな策を考えているので、頭が真っ白になることはありません。「これがダメなら次はこれ」と変えていきます。

 最も心が折れそうになったのは2014年4月のけが。右膝の半月板損傷です。1年前の左膝に続き、2年続けての手術で絶望的な気持ちになりました。でも、目の前のできることをやるしかない。走れるようになったこと、シャトルを打てるようになったことなど一つ一つの積み重ねを楽しむようにしました。

 高校3年の冬、授業で将来の人生目標を書きました。16年は「五輪メダル獲得」、17年は「世界選手権優勝」と書き、達成しています。五輪は4年ごとですが、1年おきの通過点をどのように設定するかが大事です。奥原家では幼少の頃から目標を立てる習慣があり、目標達成のため、逆算して行動することを考えてきました。

 多くの人に注目されることが選手として理想的です。リオデジャネイロ五輪前はそこまで注目されていなかったので、あえて「自分が引っ張る」と発言しました。東京五輪を控え、自分から発信しなくとも、ありがたいことに多くの期待が集まっています。重圧に押しつぶされれば、それまでの選手ということ。自分が頂点に立つ器の選手なのかどうかの挑戦です。

試合前に聴く音楽や好きな歌は何ですか。

 以前は試合前のウオーミングアップで歌を聴いていましたが、数カ月前から聴かなくなりました。会場内の音や、自分の足音をしっかりと聴くためです。イヤホンをすると、走っている時の足音も変わって聞こえてしまいます。また、歌を聴くと気持ちがリラックスしてしまいます。試合前に気持ちは緩めない方がいいとも思っています。

奥原希望(おくはら・のぞみ)

 長野県大町市出身。2011年の全日本総合女子シングルスで史上最年少(16歳8カ月)優勝。16年リオデジャネイロ五輪銅メダル、17年世界選手権優勝。太陽ホールディングス所属。24歳。