連載

没後200年・伊能忠敬を歩く

2018年は伊能忠敬が没して200年。ゆかりの地を記者が訪ねました。

連載一覧

没後200年・伊能忠敬を歩く

/20 岩手県平泉町 日記に残した思い入れ

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
平泉の町を貫く旧奥州街道。左は無量光院跡、右奥の小高い山が「高館の跡」=岩手県平泉町で
平泉の町を貫く旧奥州街道。左は無量光院跡、右奥の小高い山が「高館の跡」=岩手県平泉町で

 有壁宿(宮城県栗原市)を1800年6月22日に出発した伊能忠敬率いる測量隊は、曇り空の下、一関(岩手県一関市)、山目(同)、前沢(同県奥州市)の各宿場を経由し、水沢宿(同)へ向かった。翌01年の第2次測量の際の日記には、江戸への帰路にあった12月24日の項に、中尊寺村や平泉村など通過した土地の名が細かく記載されている。

 中でも目を引くのが「高館(たかだち)の跡なり」との記述。宿場名と距離、天気と天体観測の有無などしか記されず簡潔さを特徴とする忠敬の日記では珍しく、史跡の名が書かれている。中尊寺をはじめ平泉町は、金や馬の取引で平安時代後期に栄華を誇った奥州藤原氏ゆかりの地。松尾芭蕉の『おくのほそ道』のハイライトの一つとしても知られる。

この記事は有料記事です。

残り1304文字(全文1625文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集