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「晴耕雨読」の夢(下)「畑を始めると、もう一つの時間が流れ出す」

紅葉のころの浜田さんや近所の人々の畑。持ち主に応じ作物や農法、畑の外観もさまざまだ=2019年11月24日、藤原章生撮影
紅葉のころの浜田さんや近所の人々の畑。持ち主に応じ作物や農法、畑の外観もさまざまだ=2019年11月24日、藤原章生撮影

 その人は「60歳前後、いや70歳も悩み多き年ごろなんだよ」と言った。私が「晴耕雨読」という言葉にひかれたのも、日々の心の浮き沈み、悩みから来ているのだろうか。畑を始めるともう一つの時間が流れ始めたと語る長野の詩人に会いに行った。【藤原章生/夕刊報道グループ】

草ぼうぼうの畑に感じる心地よさ、安心感…

 毎週火曜日に開かれる毎日新聞夕刊「特集ワイド面」の企画会議で「晴耕雨読は日本人の理想か」という案を出したところ、どういう風が吹いたのか、上司からその場で「やってもいいよ」と許可が下りた。企画を言い出してはみたものの、具体的なアイデアがあるわけではない。どうしたものかと考えたとき、「あ、あの人がいた」と真っ先に浮かんだのが長野市に暮らす詩人、浜田順二さん(71)だった。

 私が新聞記者を始めて2年目の1990年、長野支局にいた時に知り合った。当時、私は月に2回、長野版で出版物を紹介する大きな欄を担当していた。県内で出される俳句や短歌、小説の同人誌や、支局に送られてくる出版物を読み、面白いものだけを短い記事にして並べていた。

 そんな中、当時印刷工をしていた浜田さんが「天をあおいで」という詩集を支局に送ってきた。作品が少し山之口貘のようで面白いと思った私は一本のインタビュー記事にした。

 以来30年、家族、友人ぐるみのつき合いが続いてきたが、あるころから彼が「今、畑、やってっから」「うちの畑でとれたから」「ちょうど畑から帰ったところで」と電話口で何かと畑、畑と言うのを聞くようになった。

 「農業を」でも「野菜を」でもなく「畑をやってる」という言い方に、若干の自慢が交じっているのを私は感じていた。

 それにひかれて、犀川の河川敷にある彼の畑にはよく行ったが、手伝うことはなく、もっぱら脇でたき火にあたる程度だった。それでも、どうしてなのか、他人の所有物、草ぼうぼうの彼の畑に親近感というか、ほんのわずかだが何か自分との関わりを見いだしていた。

 畑仕事など何一つしないのに感じる関わり。友人の本棚を見たときに覚える心地よさ、安心感にも似たこの感覚は一体何なのか。

 浜田さんが畑を始めたのは30歳のころだ。高知県の和菓子屋に生まれ、家に庭はなく、幼いころから畑仕事をしたことはなかった。

「生かさず殺さず。会社勤めの労働者は、水飲み百姓と同じ」

 18歳で東京に出てきて、北区の印刷会社に勤めてい…

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